サンホラ、20周年で紡ぐコロナ禍の現代劇

Sound Horizon、20周年記念で紡ぐコロナ禍の現代劇 “物語音楽”のピースが揃ったCD版が深める没入体験

 Sound Horizonは書である。掲げられた「物語音楽」という言葉以上に、描かれる物語はヒューマニズムに満ち、悲劇に見舞われながらも希望を見出していく人々を正面から描く文芸作品となっている。その中でも、人間に対する愛情がひと際溢れ出しているのが『ハロウィンと朝の物語』(以下、『ハロ朝』)である。

 物語の舞台は中信地方に位置する長野県松本市の浅間温泉。劇団への戯曲を書き下ろし、一人称を「小生」とする男がいた。画才に溢れる妹を喪い、心火を燃やし続ける彼の支えは、脳内から溢れ出す創作意欲と、両親を失った姪の皐月(読みはメイ)。両者の苦しみは癒えることなく、男と皐月は精神障害を抱えながら日々を過ごしていた。一方、女将として旅館を切り盛りする母の姿に敬意を抱きつつも、自らを重ね合わせることができずに故郷を飛び出した女性が一人。だが、母が倒れたとの報せに中央線を奔る特急列車に飛び乗り、彼女は若女将として旅館を継ぐ決意をする。コロナ禍の打撃は大きくも、周囲の人々に支えられ、旅館も温泉地も活気を徐々に取り戻していく。やがて持ち上がる「祭」の計画。若女将、その知り合いだった男、その姪である皐月、其々の人生がハロウィンの中で撚り合わされていく……。

 なんと真っ直ぐな物語だろうか。物語としての強度とみれば、それぞれにとって妹と母を喪った男(若女将からは「かわみー」、皐月からは「ことちゃん」と呼ばれている)と皐月が快復する道筋を描く上で、「ハロウィン」という題材が効いている。ハロウィンの起源を遡れば古代ケルトの収穫祭、そして万霊節(キリスト教における死者に魂の祈りを捧げる日)に行き着く。“対立する二者”という構造はSound Horizonにおいて定番の図式で、これまでも生と死、光と闇、希望と絶望、楽園と奈落など、相反する2要素の明示で物語をわかりやすく展開してきたが、『ハロ朝』で言えば生者と死者で、つまり『ハロウィンと朝の物語』の主題は“残された側の哀しみ”であり、生き続けることによる鎮魂歌となっている。その物語に、ハロウィンに対する解像度が結びついている形だ。付け加えるなら、ハロウィンを地域活性化の起爆剤として描くことで、渋谷での路上ハロウィンのように問題視されているハロウィンの現状打破につながってもいる。

「Halloween ジャパネスク ’24」 [Short ver.] / Sound Horizon

 また、これまでのSound Horizon作品同様、人の数だけ生まれる運命を描き出す、という点が主軸なのは変わらない。個として主人公を擁するものの、その人生を描き出すために主人公とは異なる人生を周囲に塗りこめる。ただし、その多彩な画力を可能にするのはRevoの卓越したキャラクターメイキング能力にある。ある意味、Sound Horizon作品は「物語音楽」を謳いつつも、作品を形成するポイントは物語性よりも大いなる魅力に溢れた登場人物たちにあるとも言えるかもしれない。Revoが、多種多様な人種、職業、身分、関係性を高い解像度で捉えていることによる、Sound Horizon的群像劇に魅了される人も多いだろう。

 さらに言えば、Sound Horizonの冠にもあった「幻想楽団」の“幻想”部分は、音楽面と、作品に散りばめられたギミックが多く担うようになっている。以前のように、幻想的な世界観や古代/中世/近代といった歴史を題材とすることなく、物語の舞台自体も現代日本へと移行してきている。舞台や登場人物が世俗的になったことでフィクション感は薄れ、聴く者は物語をより生々しく感じることになる。しかも、前作となる7.5th or 8.5th Story BD『絵馬に願ひを!』では不育症や動物虐待や性同一性などが盛り込まれ、今作でも「視線恐怖症」や「夜驚症」といった疾病を登場させている。Revoは優れたサウンドクリエイターであるが識者でもなければ精神科医でも社会学者でもなく、ともすれば彼が生み出す物語が聴く者の傷を抉ることさえありえる。それでも彼は偏見や差別と隣り合わせの社会問題、あるいは人々の心に潜む闇に切り込む。その原動力が何なのか、その答えは与えられていないが、既存作や数々のコンサートに埋め込まれたRevoの言葉を掬い取ると、やはり人間への愛情を感じずにはいられない。

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