千葉雄喜は親しみやすいまま大人になっている KOHH時代から一貫した“人生との向き合い方”
紙とペンを用意してほしい。紙はできればA4で3枚程度(ノートでも可)、ペンは書きやすいものを。そして、頭に浮かんだことを頭に浮かんだままに、綴ってみてほしい。誰に見せるものでもないし、作品として残す必要もないので、文章の体をなしていなくてもまったく問題ない。
これは『The Artist’s Way』(ジュリア・キャメロン/邦題:『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』)という自己啓発本のベストセラーにて提唱されているMorning Pagesという手法である。ラップ界ではJ. コールが『Born Sinner』(2013年)制作期に同著を手に取りMorning Pagesに取り組んだこと(※1)、最近では『Alligator Bites Never Heal』をリリースしたDoechiiも同著を読んだこと(※2)が知られている。
さて、3ページ書けたら、読み返してみよう。すると、どこかにKOHHらしさ、あるいは千葉雄喜らしさが顔を出していないだろうか。たとえば筆者が本年4月某日に綴ったページには、以下のような部分があった。
「眠い。いやまじ眠い。これ書き終わったらもうひと眠りしよう。寝る。寝る。ねるねるねるね。」
念のため断るまでもないだろうが、上掲の文章(?)は作品ではない。仮にこれを作品として捉えたとしても、「適当」を自称しながらも各ラインの末尾で押韻しているKOHHあるいは千葉雄喜のリリックとの間には、あらゆる意味で大きな隔たりがあるのは自明だろう。ただ、「寝る」の連続から「ねるねるねるね」が出てくる一連の部分など、なんとなく“それっぽい”し、あなたの書いたそれにも、そういう部分があるのではないかと想像する。
端的に言って、KOHHが革新的だったのはこうした部分だった。洋の東西を問わず他のMCに目を向けると、たとえば、自叙伝であり自らの楽曲のリリックを解説した著書『Decoded』の中で、ジェイ・Zは自らのライティングのスタイルを「ストーリーテラーのように直線的な思考をもって完結した物語を紡ぐのではなく、都度浮かんだ考えを繋げたり混ぜたりして歌詞にする」(筆者訳)のだと説明している。しかし、そんなジェイの書くリリックでさえも、KOHHのそれほどまでに“Morning Pages的”だったことはなかったはずだ。
デビュー当時からKOHHのリリックを評する文章の中には「刹那的」という文字列が多く見られたし、それは今でもそうだが、それも彼のアーティストとしての姿勢、というよりも人生に対する姿勢が為せる業だろう。ニューヨークはブルックリン出身のラッパー、ジョーイ・バッドアスは「人は一度しか生きられないのではなく、毎日(新しく)生きるんだ」と自らの考えを述べたことがある(※3/筆者訳)。こうした姿勢がそのままKOHH、あるいは千葉雄喜にも当てはまることは、たとえば『The Lost Tapes』(2022年)収録の「Reborn Again」あたりを聴けば判然としよう。そういえば、彼と親交のあるプロボクサーの那須川天心もまた、自らのInstagramに「昨日の練習が良かった 過去の動きが良かったなど全く意識しないし振り返りません」「毎日 今 今 今の繰り返しでトレーニングや日常生活を生きています」(※4)と綴っていたではないか。
そんな刹那的な感じが売りのKOHHのことだから、引退という決断が、318との何気ない会話から生まれたある種の思いつきだったというのも、振り返ってみれば納得できるし、逆にそれ以外に考えられないような気さえする。そして2024年2月、本名の「千葉雄喜」名義で満を持して復帰リリースした「チーム友達」は、やはりというかさすがというか、バイラルヒットとなった。