リアルサウンド連載「From Editors」第71回:『LIFE MEETS ART』で覗くアーティストたち250人の家と人生

 「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。

『LIFE MEETS ART』で考える、自分の家とは何なのか

 ここまできたらやはり自分は本をピックアップせねば、という謎の感情が生まれてきています。今回は、先日神保町の本屋で見つけた『LIFE MEETS ART』を紹介します。

 副題は『世界のアーティスト250人の部屋 人生と芸術が出会う場所』。その名の通り、建築、ファッション、ミュージシャン、画家、文学など、アーティストたちの私邸を収めた一冊です。その数は、248。現存するものから再現されたものまで、うち167軒は実際に訪れることができます。

 いきなり自分の話になるのですが、私は小さい頃から家の間取り図を見るのが好きで、ポストに投函される物件チラシを細かくチェックするという趣味が小学生の頃からありました。間取り図を見て、「ここにソファを置くのがよさそう」「壁の色はどんな色がいいかな?」「ベッドは窓際に置いて……」という妄想をするのが好きだったんですね。空想の世界に浸る、なんてかわいい言い方もできそうですが、自分の家に住むことにずっと憧れがありました。“部屋”ではなく、“家”なのです。自分が自分らしく生きるために作り上げる自分だけの空間。そこで暮らすのが密かな夢でした。

 『LIFE MEETS ART』には、ほんとうにたくさんのアーティストの家の写真が収められています。たとえば、ミュージシャンの分野で言うと、ジミ・ヘンドリックス、ジミー・ペイジ、ジョニ・ミッチェル、デヴィッド・ボウイといったスターたちの家も。エルヴィス・プレスリーの家も紹介されていて、彼の家は映画『Priscilla』(邦題:プリシラ)でも出てくるので見たことがあったのですが、あらためて見ると部屋それぞれの在り方がまったく違うのが面白いなと思います。エルヴィスっぽさが全開なのです。

 ジュエリーデザイナーのケネス・ジェイ・レーンは、スタンフォード・ホワイトが設計した邸宅が1970年代に分譲マンションとして改築され、そこの1Fと2Fを手にしたそうです。その客間の写真が、表紙の写真になります。レーン的には、もともとの空間がイギリスのエドワード王朝感が強かったため、クラブ風にしたそう。壁の色(絵画コレクションがびっしりですが)や豹柄のソファカバーなんかはたしかにそうで、ごちゃついた印象を与えそうな家具の配置も実はすごくバランスがいいんですよね。こういうところに、彼のセンスを感じます。

 個人的には、アニエスベー(アニエス・ドゥルブレ)の家が好きです。フランスのルーヴシエンヌにある彼女の家は、自然光が差し込む、ホワイト基調のフレンチなスタイル。フレンチテイストと言っても、そこにはかわいらしい感じが漂っていて、「かわいらしい」というのも「かわいい!」とか「キュート!」とかとは違う、ある意味では幼い感じ。そう感じるのは、私のなかでのアニエスベーの記憶というものに紐づいている気がします。幼稚園の卒園式、そして小学校の入学式で着たのが「agnès b.」の無地の黒いワンピースでした。母親が選んだのか、自分で選んだのかはもう覚えていないんですが、当時6歳の私にはそのワンピースがすごく大人っぽく思えて、着れることがとても嬉しかったんですね。「agnès b.」は、小さな女の子をお姉さんにしてくれる。彼女自身が「私はいつも、大人と子ども、ふたつの世界のあいだにいる」と言っていたように、大人のアニエスベーと小さなアニエスベーがいるからこそ、その魔法が存在するのだと思います。だから、アニエスベーの家はかわいい。そんな気がします。

 この本は翻訳版なのですが、家という空間を「隠れ家」や「聖域」という言葉で表しています。私は、今住んでいる家がとても好きです。それは好きなものだけがあるというだけでなく、西向きの部屋に差し込んでくる夕日、交通量の多い道路、家の前の停留所にやってくる都営バスのドアが開く音……自分の家を取り巻くすべてが心地好くて、お気に入りの秘密基地みたいな感覚だからなんだなと思います。あらためてこの本のページをめくり、ふと幼い頃を思い出した日曜日でした。

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