海外メディアが選ぶ年間ベストアルバム シンガーソングライターの活躍、K-POPの台頭……2023年の傾向は

HIPHOP、ラテン、K-POP、R&B……各ジャンルの2023年を振り返る

 とはいえ、もちろん2023年に台頭したのはシンガーソングライターだけではない。ここからは、各メディアごとに個人的に注目したいポイントをピックアップしていきたいと思う。

 まずは、各メディアによってジャンルの評価の傾向自体が分かれる印象のあるHIPHOPだが、今年はふたつの作品が明確に高い評価を獲得している。ビリー・ウッズとケニー・シーガルによる『Maps』(8位)と、JPEGMAFIAとダニー・ブラウンの『SCARING THE HOES』(9位)だ。各メディアのランキングでも両作はある程度近いところにいることが多いのだが、ざっくりとした感覚では『Maps』のほうがややインディー系のメディアを中心に幅広く評価(『Pitchfork』3位、『BrooklynVegan』2位/米)を受けている印象である。もちろんそれぞれの優劣がどうとかではなく(ジャンルは同じHIPHOPとはいえ、両作は単純な比較が通用しないほどにまったく別の志向を持つ作品だ)、『SCARING THE HOES』は実験的でカオティックな作品として、『Maps』はオーセンティックな質感とストーリーテリングの魅力を色濃く持った作品として支持を集め、総合ではこのような結果となったと考えるのが自然だろう。

 昨年はロザリア『MOTOMAMI』(2位)やバッド・バニー『Un Verano Sin Ti』(13位)が多くの批評家の絶賛を集めたラテンミュージックにおいては、これらの作品に匹敵するほどの順位を記録するような作品は今年はあまりなかったものの、ジャンルの境界を押し広げるような実験的かつユニークで、何よりどこまでも官能的なR&Bを響かせたカリ・ウチス『Red Moon In Venus』(40位)が『TIME』(米)の年間ベスト1位を獲得するなどの活躍を見せている。また、個人的には『Rolling Stone』が3位に選出したタイニー『DATA』は、バッド・バニーやJ. バルヴィンといった同ジャンルの代表的なアーティストの客演と、アルカやスクリレックス、Four Tetといったアーティストを招いた強烈なサウンドスケープを両立した世界に大胆にレゲトンを響かせた快作として、大きなインパクトを与えた作品だったのではないかと思う。

 また、近年はアメリカやイギリスの音楽メディアでもレビューが書かれることが珍しくなくなったK-POPだが、今年の年間ベストでもっとも大きな存在感を示していたのがNewJeansである。『NYLON』(9位)や『Gorilla vs. Bear』(15位)など、さまざまなメディアがリストに選出したEP『Get Up』はもちろんだが、同作に収録された「Super Shy」が『The Fader』(1位/米)、『NME』(2位)、『The Guardian』(3位/英)、『Pitchfork』(7位)など多くのメディアの年間ベストソングの上位にランクインするという快挙を成し遂げているのが、何より大きなポイントだろう。近年ムーブメントとなっているドラムンベースとジャージークラブをミックスしたハイブリッドサウンドに、ビジュアルには『パワーパフガールズ』を大胆に取り入れたポップなY2K感。それでいてグループの独特なムードもしっかりと感じさせる同楽曲は、従来のコミュニティの枠を超え、多くの批評家を魅了したのだ。いよいよムーブメントを超えて定着のフェーズに入った印象のあるK-POPだが、来年の動きにも注目したいところである。

 最後に、R&Bについてもまとめておきたい。近年の音楽批評周りで最も大きな注目を集めるようになったアンソニー・ファンタノのYouTubeチャンネル「The Needle Drop」が年間ベスト6位に選出したサンファ『Lahai』や、『Dazed』(2位)や『NYLON』(3位)といったファッション系に加えて、かのWarp Recordsが設立した『Bleep』(英)でもクラーク『Sus Dog』(同メディア1位)やワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Again』(同メディア5位)などに並んで3位に選出されるという特異な存在感を発揮したケレラ『Raven』など、今年も数多くの傑作がリリースされ、しっかりと評価を獲得していたのだが、やはり触れておきたいのがSZAの『SOS』である。

 というのも、同作がリリースされたのが昨年の12月9日という時期だったこともあり、紛れもない傑作でありながらも、メディアによって2022年のリストに入れる場合もあれば、2023年のリストに入れることもあるという状況になってしまい、『Album of The Year』の総合チャートだけではその評価の実情が確認できなくなってしまっているのだ。リリース以降、通算10週にわたって全米チャート1位を記録したことが示すように、同作は昨年末のリリースでありながらも2023年のムードに大きな影響を与え、『Pitchfork』や『Rolling Stone』といった大手メディアにおいても年間ベスト1位に選出されている。確固たる評価を獲得した2017年の前作を経て、圧倒的な渇望感に満ちていた状況のなかで、ここまでの記録を達成してしまうSZAの才能には、やはり見惚れるほかない。リリースが告知されている同作のデラックス・エディションとも言われている『LANA』の動向にも注目したいところだ。

 テキストは以上になるが、冒頭で書いたように本稿はあくまで2023年の音楽シーンを振り返るうえでのひとつの切り口でしかなく、本当の意味での「年間ベストアルバム」はあくまでそれぞれのリスナーのなかに存在するものだ。もし、ここまで紹介したなかでまだ聴いていないという作品があれば心からおすすめしたいし、一方で「あの作品はどうした!」という意見も大いに結構である(個人的にも、エヴィアン・クライスト『Revanchist』やハンナ・ダイヤモンド『Perfect Picture』はもっと評価されてもいいのに!と思ったりしている)。そうした楽しいプロセスを重ねながら、それぞれの2023年を振り返っていただければ幸いだ。

※1:https://www.albumoftheyear.org/
※2:https://www.albumoftheyear.org/list/summary/2022/

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