Saucy Dog せとゆいか歌唱曲が持つ大切な意味 EP『はしやすめ』は“3人で歩んできた物語”に

 現在バンド史上最大規模のアリーナツアー『It Re:ARENA TOUR 2023-2024』を開催中のSaucy Dogから、7thミニアルバム『バットリアリー』以来となる新しい作品が届いた。「Bonus ep」と銘打たれたその作品のタイトルは『はしやすめ』。これまでの作品のCD版にボーナストラックとして収録されてきた、せとゆいか(Dr/Cho)が歌詞を書きボーカルを取る楽曲たちを集めた5曲入りのEPである。

 2ndミニアルバム『サラダデイズ』(2018年)に収められた「へっぽこまん」以降、恒例となったこのボーナストラック。本作には『ブルーピリオド』(2019年)収録の「煙草とコーヒー」、『テイクミー』(2020年)収録の「寝ぐせ」、『レイジーサンデー』(2021年)収録の「いつもの帰り道」、『サニーボトル』(2022年)収録の「ころもがえ」が収められている。前述の通り、これらの楽曲はすべてCDのみで聴けるものだったので、CDではなく配信で聴き続けてきたファンにとっては待望のリリースだろうし、フェスなどで彼らを好きになってチェックしたようなライトなリスナーのなかには、こういう曲たちがあること自体を知らない人もいるかもしれない。せとは様々な楽曲でコーラスをしているし、『レイジーサンデー』の「リスポーン」のように石原慎也(Vo/Gt)とのツインボーカルのような形で歌っている楽曲もあるが、基本的にSaucy Dogでせとのリードボーカルが聴けるのは現時点ではこのボーナストラックだけなので、そういう意味でも貴重な1作だ。

 2018年の「へっぽこまん」から『はしやすめ』は始まる。最初にこの曲を聴いたときの鮮烈さは今でも覚えている。せとがこんなにもいい曲を書き、歌うのだということに、強いインパクトを受けたのだ。もちろん、せともSaucy Dog加入前から音楽をやってきたわけだし、曲を書けて歌えたとしても何の不思議もないのだが、今にして思えば「Saucy Dogは石原慎也のバンド」という先入観が先走っていたことも大きかったのだと思う。そんななかで、このあまりにも素直なコード進行とメロディラインを持った曲がポンと出てきたことに驚きがあった。

 実際に『サラダデイズ』の頃のSaucy Dogは、もしかすると今以上に“石原慎也のバンド”だったのではないかと思う。当時はせとと秋澤和貴(Ba)が加入してまだ1〜2年といったところで、まだまだこの3人でのSaucy Dogを作っていく段階だった。そのなかで、せとの「へっぽこまん」は曲名の語感から歌詞や曲の作り、音像に至るまで、明らかに他の楽曲とは異なる表情と肌触りを持っていたのだ。言い方を変えれば、ここにポンと入ったせとの楽曲は文字通り“ボーナストラック”以外の何物でもなかった。だからこそ、そこには今では得られない初々しさのようなものが詰まっていて、それが今聴くととてもいい。ある意味で『サラダデイズ』本編以上に、この3人のSaucy Dogが歩き出したという息吹を感じるような気がするのだ。

Saucy Dog「へっぽこまん」Music Video

 一方で、この曲は今回の収録に際してリアレンジが施されている。メロディや歌詞といった骨格の部分はそのままだが、アレンジが変わり、演奏と歌が変わることで、この曲は生まれたてのSaucy Dogと、大きく成長した今のSaucy Dogが邂逅するような不思議な感触を持ったものになった。『サラダデイズ』のCDを持っている人はぜひ聴き比べてほしい。ここに、この5年間で彼らが歩んできた道のりがある。

 そんな「へっぽこまん」に続いて聴こえてくるのが「煙草とコーヒー」である。この何でもない日常に注がれる穏やかで優しい眼差しと、そこで生まれる感情を丁寧になぞるようにして歌う声。僕は彼女の何かを知っているわけではないが、「これこそ、せとゆいかだよな」と思う。ライブのMCやインタビューなどで知る彼女の雰囲気がそのまま出ているのが「煙草とコーヒー」という感じがするのだ。〈口いっぱいに広がっていく/日々の苦いも苦しいも/一緒に味わっていこう〉と曲中の相手に、あるいは聴き手に、そしてもしかしたらバンドメンバーに語りかけるような歌詞は、彼女の歌の魅力を存分に引き出す。まるで向き合って話すような距離感と温度で、日常的に潜む感情を歌うせとの表現の基本形が「煙草とコーヒー」には詰まっていて、それが後に「いつもの帰り道」のような傑作に繋がっていったのではないかと思う。

 その「いつもの帰り道」と「煙草とコーヒー」に挟まれているのが「寝ぐせ」だ。この曲以降、作曲クレジットは、それまでのせと単独からバンド名義になった。つまり、このボーナストラックがSaucy Dogの作品の一部としてより欠かせないものになったことを意味している。アコースティックギターが中心のサウンドであることは変わらないが、バンドで曲を作っていることもあってか、「寝ぐせ」からは石原のコーラスも入るようになった。ライブでもこのボーナストラックたちはアコースティック編成で披露されるが、その雰囲気、3人の近い距離感で音を重ねていく感じが、この頃の曲からはより強まってきた感じがする。

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