いきものがかり 水野良樹×鷲尾天プロデューサー対談:プリキュア楽曲への起用背景、いま伝えたいメッセージを明かす

 いきものがかりが、プリキュア20周年記念ソングおよびTVアニメ『キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23~』オープニングテーマとして「ときめき」、『映画プリキュアオールスターズ F』主題歌として「うれしくて」を書き下ろした。プロデューサーの鷲尾天からのオファーで実現したという今回のタッグ。鷲尾が感じた彼らの魅力、そして楽曲を手がけたいきものがかり・水野良樹がプリキュアを観る子どもたち、大人になったに伝えたかったメッセージとは。2人の対談を通じて、それぞれの熱い想いが明らかになった。(編集部)

リクエストしたのは“「自分」が主体であることを意識してほしい”ということ

ーープリキュア20周年記念ソング・TVアニメ『キボウノチカラ〜オトナプリキュア’23~』のOPテーマ「ときめき」と『映画プリキュアオールスターズ F』の主題歌「うれしくて」の2曲は、鷲尾プロデューサーの熱烈なオファーがあって実現をしたと伺ったのですが、いきものがかりにオファーをした経緯を教えてください。

鷲尾天(以下、鷲尾):プリキュア20周年の記念ソングをアーティストさんとやりたいという話をスタッフと話していまして、その中で、いきものがかりさんのお名前が出てきて「あぁ!」と思ったんです。ただ、私は音楽に疎いもので、改めて曲を聴いてみようと思って聴いたんですね。こんなことを言うとファンの方に怒られてしまうかもしれないですけど、少し世界観が優しいのかな? と思っていたんです。プリキュアの世界観は、もっといかついかもなぁって。でも「ブルーバード」を聞いたとき、「これはすごい!」と思って(笑)。両方の世界観を作られている方ならば大丈夫だと思い、まずは記念ソングからお願いをしたんです。それがすごく良くて、そのあとおそるおそる映画の主題歌も作ってもらいたいと思い、ダメ元で聞いてみたら「いいですよ」と返事が来たものですから、ぜひお願いします! となり、「うれしくて」を作っていただきました。

ーー水野さんは、オファーが届いたときはどう思われましたか?

水野良樹(以下、水野):今、褒めていただけて、テストの結果をいただけた感じです(笑)。自分は小学生の息子がいるのですが、特に女の子の友達を見ていると、プリキュアというのがどれほど大きな作品なのか、実感するんですね。その歴史あるプリキュアが20周年を迎えるという大事な場面で、僕らにお声がけいただけたことはもちろん嬉しかったんですけど、プレッシャーも感じていました。これまでにいろいろなアーティストが楽曲を手掛けている作品ならば、また違う入り方をしたかもしれないですが、プリキュアは作品の世界観で作られている主題歌の歴史があったので、そこに自分たちがどう入るのかというところから考えていったんです。打ち合わせをさせていただき、いろいろとリンクする部分が出てきたので、それならばこういう形で入ればいいのかなと作ることができました。

水野良樹

ーー2曲作ることについては?

水野:2曲作るのは最初想定していなくて(笑)。でも1曲目を作らせていただく過程で、気に入っていただけていたのは分かりましたし、自分たちももっと深く関われたらという気持ちがあったので、光栄な話として「ぜひ」と返事をしました。

ーー打ち合わせをしたというお話でしたが、「ときめき」ではどのような話をされたのですか?

プリキュア20周年PV

鷲尾:まず20周年ソングということと、来年(2023年)『オトナプリキュア』というものを計画しているので、それも合わせて検討いただけますかと伝えていました。初期のプリキュアのメンバーが出てくる話なので、ニュアンスは近いかもしれません、と。私としては楽曲のことは全部お任せしたつもりだったんですけど、思い返したら制作の途中で、僭越ながらリクエストをメールしていたんです……。そこでは、「自分」が主体であることを強く意識していただきたいというようなことをお願いしていて。プリキュアたちは周りと一緒に光り輝くというより、自分たちが光り輝き、周りが目標にしてくれるようなイメージを視聴者である子供たちに持たせていたと思うので、抽象的で分かりづらいかなと思いながらお伝えしていたんです。

水野:『オトナプリキュア』と20周年記念ソングがリンクしているという大元のところを話すと、20周年を経て、それこそ初期のプリキュアをご覧になっていた方が大人になり、社会人になり、何なら親御さんになられている。子どもの頃プリキュアを見て育ち、今、自分の生活を頑張っている人たちが、またプリキュアに触れたことで、もう一度勇気をもらったり、あの頃の純粋な気持ちを思い出して目の前の毎日を送っていく……。20周年という長い期間を経て、プリキュアを愛している人たちとプリキュアとのつながりを、チームの皆さんは大事にされているし、それが今回のプロジェクトなんだと、話を聞いていて感じたんです。だから今プリキュアを見ている人たちも、過去にプリキュアを見ていて戻ってきた人も、どちらも拾っていける歌でないといけないと思い、それを歌詞やメロディで表現できればいいなと思いました。

ーー自分たちが主体であるというリクエストについては?

水野:そこは僕も迷っていたところで。たとえば冒頭で〈世界はいまきらめくよ わたしがそう決めたから〉と、主語を“わたし”にしているんですけど、作っているときは、歌っている人が聴いている人を励ますように“あなたがそう決めたから”みたいな書き方をしていたんです。そこを的確に読み解いてくださって、もっと主体性を出していいですよと言ってくださったので、迷わず主語を全部“わたし”にしました。それによって聴いた人が、自分はこれが好きと決めて、それを頑張っているんだと、自分を全部肯定しているという書き筋にしたんです。

鷲尾:そこまで詳細に説明していないのに、すごく読み解いてくださったんです。だからこの歌詞を受け取ったときはびっくりして。打ち合わせも1時間くらいだったので、うまく伝えられていなかったら申し訳ないと思っていたけど、全部解釈してくださった。特に私が好きな歌詞は〈世界を愛せなくても こころが悪いんじゃない〉というところで、ここまで踏み込んだ主体性って、なかなか出てこないと思うんです。もしかしたら普段から、こういうことを考えていらっしゃるのかなと思ったんですよね。

水野:確かに多少勇気がいる言葉ではありますよね。自分は悪くないという都合の良さだけが出てしまうと間違って伝わってしまうし。ただ一方で、この曲を作っていた頃……今もそうなんですけど、自責の念に駆られる瞬間があるんですよね。自分の考えって合っているのかな? って不安になるみたいな。声の大きな人の言葉ばかりが拡散してしまう世の中で、この人が悪いとなると、みんなで責める。自分はそうではない、そう思わないと言ってしまうと、今度はその人が責められちゃうみたいな。それが息苦しいと思ったんです。プリキュアって、まだ言葉を覚え始めたばかりの子も見ているから、彼女たち彼たちが生活の中でイヤな思いをしても、自分の心が悪いのではない、自分を責める方向ではなく物事を解決できるほうが良いんじゃないかなと思って、この歌詞を書いたんです。プリキュアという作品の出口にいる人たちの中に子どももいると考えると、ストレートに書いたほうがいいのかなと思って。

鷲尾:何かを決めるときって悩むじゃないですか。これで良かったのかな? って。でも、その場で決断しなければいけないことが、特にクリエイティブな仕事をしているとよくあるんです。どうしようと思っても決めなければならない。でも決めたときって、それが正しいかどうかなんて分かりはしないんですよ。結果を見て人は論じるけど、それを気にしても仕方がないし、自分が決めたことを表に出すしかない。言ってしまうと覚悟なんですね。その気持ちがこのフレーズに至るまでに入っていて、初めて後半でこの歌詞が出てくる。歌詞全体の中でも意味が強く出るところなんですよね。この2行が特に好きなんですけど、そこに至るまでの歌詞があるからこそ出てきた言葉でもあると思うんです。

鷲尾天

ーー決断に悩むというのは、鷲尾さんがプリキュアを作ってきた歴史でもありますね。

鷲尾:ホントにおっしゃる通りです(笑)。

ーーそこに至るまでの歌詞についてですが、プリキュアは卒業していくものだと思っていて、卒業した子たちが社会へ出て、そこでまた違うものと戦っていくんですよね。だから〈たたかうことの意味は 何度だって変わるの〉という歌詞は素晴らしいと思って。ここは『オトナプリキュア』の内容にもつながりますし、多くの人に共感される歌詞だと思いました。

「キボウノチカラ~オトナプリキュア’23~」予告 10月7日(土)18時25分放送スタート

鷲尾:『オトナプリキュア』が決まったときにイメージしたのは、バルセロナ五輪の水泳で14歳の時に金メダルを獲った岩崎恭子さんなんです。金メダルを獲ったのが、プリキュアの主人公の年代なんです。そこで世界を左右することを成し遂げた方って、そのあとどう生きていくんだろうと思ったんですよね。20歳を過ぎて、もっと大人になったとき、あのときはあれができたけど、今は目の前で上司がハンコを押すか押さないかで揉めている、みたいな状況ってどう感じるんだろう、っていうのが発想のきっかけなんです。だからそのようなことを作品で描いていくと思いますと打ち合わせで伝えていたのですが、それが歌詞に集約されているんですよね。

水野:岩崎恭子さんの話はされていたと思います。それに加えて、この曲のレコーディングが吉岡(聖恵)の出産前で、人生のフェーズが変わっていくところだったんです。で、これは女性に限らず僕もなのですが、10代の頃に、これだけは大事にしたいと守っていたものが、20代になったり家庭を持つと、変わっていくことがあるんです。あのときはあんなにピュアだったのに、今は家族を守らなければいけない。それが大人になることだと、ある種の諦めの中で生きていることを自嘲気味に語る、みたいな。でもそれって考えてみると当たり前で、大事なものが変わるからこそ、前に大事にしていたものを、もうそれはいいんだと前へ進めるんですよね。それって成長の在り方としていいことだと思うので、そのことを歌詞で書いていきました。幼稚園や保育園、小学生の頃にプリキュアを見ていた子たちは、子どもなりの悩みとか、プリキュアへの憧れとかがあったと思うけど、それを手放したことを責めなくてもいい。もう新しい戦いへ行っているし、新しいストーリーに成長したのだから、それを認めてもいいんじゃないか、でも作品との絆は変わっていないんだよということを表現したかったんです。

ーー曲調について、リクエストはあったのでしょうか?

水野:あまり細かいリクエストはなく、大バラードとかでなければいいという感じだったと思います。打ち合わせなどでお話を聞いているうちに、こういう曲調になっていったのですが、明るさがありながら、多少の切なさが含まれたほうがいいなとは思いました。というのも、この曲を聴いて、過去に立ち返る方もいらっしゃると思うので、そのときに明るすぎる曲だと、その気持ちにフィットしないと思ったので、そこは考えました。

鷲尾:歌詞のことも含めると、1曲でひとつの世界になっているから、『オトナプリキュア』でTVサイズにしてしまうのが心苦しくはあったんですよ。なので、ぜひ全部通して聴いてもらいたい曲です。

関連記事