ジャパニーズ・ブレックファスト、ミツキ……アジア系ミュージシャンが果たす新たな役割 不透明な欧米社会で創出する“居場所”
そして、ここ1〜2年の間でもまた、その存在感を示すアジア系アーティストが増え続けている。氷山の一角ではあるが、筆者の個人的な興味の範囲の中から、少し挙げてみよう。まずは、そのミシェル・ザウナーがツアーに起用した、韓国系カナダ人のルナ・リー。アジア系のコレクティブ 88risingのサポートも受けている彼女は、昨年、デビュー作『Duality』(2022年)をリリース。ベッドルームポップからネオソウル、ガレージロック風までと、1作の中でジャンルの定まり切らない奔放さを見せているが元はクラシックを素地としており、ハープやバイオリンを駆使したサウンドは一貫して、蕩けるように夢見心地だ。
クラシックとの融合といえば、ルシンダ・チュアも外せない。中国、マレーシア、イギリスにルーツを持つ彼女は元々チェロ奏者でありながら、チェロを片手にメタルやパンクバンドも経験、FKAツイッグスのバックにも参加し、今年に入り、シンガーソングライター、プロデューサーとしてデビュー作『YIAN』(2023年)をリリースしている。エフェクトを駆使したチェロの音色をベースに、エレクトロニクスも駆使し、ミニマルながら聴き手を優しく包み撫でるような音空間を作り出している『YIAN』だが、その空間のなかに、自らのアイデンティティを繰り返しエコーのように問う歌声とリリックもまた印象的だ。イギリス在住の東アジア系・東南アジア系のクリエイターたちと楽曲のショートフィルムを制作するなど、現地のアジア系のアーティスト/音楽コミュニティとの繋がりに意欲的な彼女の様子は、アジア系の人々の「居場所」としての音楽の在り方にも示唆をもたらしてくれる。
そして何より、もうまもなく私たちに届くのが、日系アメリカ人であるミツキのニューアルバム『The Land Is Inhospitable and So Are We』(2023年9月15日リリース予定)だ。そもそも、彼女のブレイクを後押しした「Your Best American Girl」(2016年)が、“純粋な”白人ではない女性にとっての、アメリカという国に対する葛藤が滲むナンバーであり、白人社会の中のアジア系という「見えにく」かった人々のリアルな内面を可視化した存在だという意味で、やはり彼女には今改めて注目すべきだろう。次作は、イースト・ナッシュビルでの録音も含むようで、先行シングル「Heaven」ではカントリー風のスライドギターが、そして「Bug Like an Angel」での17名によるクワイヤなど(彼女の過去作で、これほどの他者が関わることはこれまでなかったのだ)、サウンド面の大きな変化を予感させる。彼女自身、今作を「これまでで最もアメリカ的な作品」(※1)と語っているようだが、彼女とアメリカという国の関係性の変化にも、注目したい。
もともと欧米の音楽業界には、アジア系の人々のミュージシャンとしての居場所は、一部の例外を除いておそらくほとんどなかったはず。しかし、彼女ら(あるいは彼ら)が、自分自身の「心の居場所」として切実に音楽を愛したことで、結果的に今、その欧米の音楽業界で大きなプレゼンスを示しているのは、不思議ながら実に興味深い現象だと思う。白人社会のあちらこちらで、“見える”、そして“聴こえる”ようになってきたアジア系ミュージシャンたち。彼女/彼らの「居場所」の広がりは、きっとさらに加速していくに違いない。
※1:https://bignothing.net/mitski.html
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