菊地成孔が考えるAIと音楽のこれから 常識を揺るがす可能性があるも“100パーセント肯定”な理由
リアルサウンドでは現在、生成AIによって変わりゆくカルチャーについて考える音楽・映画・テック・ブックの4部門合同特集を展開中だ。その一環として、「Max」や「Synthesizer V」などを使用して楽曲制作を行った菊地成孔にインタビュー。「あと2、3年のうちにボーカリストが存在しないポップスのアルバムができる」という菊地が考える、AIと音楽のこれからについて聞いた。(編集部)
生成AIはカルチャーをどう変えるか?
音楽を作る・聴くことにもたらす作用
文章や画像のみならず、楽曲や歌声、映像を生み出すこともできる生成AI。音楽シーンにおいてはその活用方法や権利に関する問題など、さ…
現時点ではAIは音楽産業の常識を根底から揺るがす可能性がある
――菊地さんは実際にAIを使った楽曲制作に取り組まれているのでしょうか?
菊地成孔(以下、菊地):私が主宰しているギルド・新音楽制作工房は現在20名体制で稼働しています。なかには「先端技術開発部」みたいな人たちもいて、当然AIも使っているんですよ。それによって制作された曲も増えてきました。ただ、今の時点だとAIは権利的に不安定で、音楽産業の常識を根底から揺るがす可能性があります。
例えばジャズでいうと、フランク・シナトラのアルバムはブート盤を入れても1000枚もありません。その程度だとAIは軽く学習して、フランク・シナトラ風の歌、50年代っぽい空気感とかオーケストラも含めて生成してくれます。
サンプリングでもコピーでもない、ゼロから生み出される「AIが作曲したもの」ですから、作曲者はAIであり、AIを操作した人。だから音楽産業の考え方が壊れるし、止めた方がいいという議論がされています。確かに考えてみれば残酷な話でもある。
――新音楽制作工房で実際にAIを使用した楽曲が、映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』のサウンドトラックに収録されているそうですが、こちらについては?
菊地:フランスのIRCAM(音響・音楽の深究のための国立研究機関)で生まれ、現在はアメリカ・サンフランシスコで開発されている音楽プログラミングソフト「Max」があります。それを使ってサウンドトラックとして実際に提出した曲が「AI制作による二つの弦楽四重奏の同時演奏」でした。
その曲は「Max」が2台入ったモデルを使って、片方の「Max(A)」が生成したものに反対側の「Max(B)」を反応させた結果できたものなんです。つまりコール・アンド・レスポンス形式で「Max」が生成した、“四重奏+四重奏=八重奏”の音楽。
あまりに2台のMaxが相互反応を続けるので「これ、いつ止まるの?」と聞いたら、「停止させるまで永遠に止まらない」と言われました(笑)。そのように無限にできるわけですが、ある程度の長さを生成したもののなかでもポップな部分だけを切り出したのが「AI制作による二つの弦楽四重奏の同時演奏」なんです。
――それをサウンドトラックとして使う場合に何かトラブルは起きませんでしたか?
菊地:「こういうわけで作曲者のクレジットもないし、著作権のありかがわからない。それでもいいですか?」と伝えたところ、NHK出版側がJASRACに相談してくれて、そういうことだったら新音楽制作工房のクレジットで問題ないでしょうということになりました。
ただ今後、法規制が絡んだら考え方は変わると思います。世の中は法規制より早く物事が動きますからね。インターネット黎明期もそうで、事後に規制されていきました。
――菊地さんが得意とする、異なる拍子のリズムが同時にタイムラインで共存するクロスリズムの曲などもAIで生成できるようになるのでしょうか。
菊地:僕の作っているクロスリズムくらいなら、もはやAIに頼らずともAbleton Liveとかで簡単にできます。それよりも複雑なクラシックの現代音楽をたくさん学習させて、ポップスに変換生成するようなものが出てきたら、それこそAIでないと不可能な音楽じゃないかなと。どんな音やリズムになるか想像もつかないです。