須田景凪、葛藤の末に芽生えたポップアーティストとしての覚悟 等身大の言葉と歌を届けた『Ghost Pop』ワンマンを観て

 終盤のMCでは、作曲のため、長年にわたって部屋に引きこもりがちだったことを振り返ったうえで、約1年前からランニングを始めたことや、年始からパーソナルジムに通い始めたことを明かした。「信じられないよね?」と観客に問いかけつつ、「ちょっとだけ人間らしい生活ができています」と晴れやかなテンションで近況を報告。そして、「まさに今からめちゃくちゃフィジカルなゾーンに入るので、盛り上がってください」と伝え、ここから怒涛のクライマックスへと突入していく。エレキギターによる弾き語りから幕を開けた「シャルル」のセルフカバーでは、激しく乱高下するメロディを情熱的に歌い上げ、「僕の中で一番明るい曲をやります」という言葉と共に披露した“ポップ”サイドの極地とも言える「メロウ」では、「歌えますか?」と観客に呼びかけ、フロアにマイクを託して会場全体の一体感をさらに高めていった。新旧の超高速ナンバー「パレイドリア」と「綺麗事」のコンボも圧巻だ。

 ここで須田は、「大丈夫ですか? 足、疲れてないですか?」と気遣い、観客に着席するよう促し、『Ghost Pop』の制作過程に抱いた想いを語った。彼には、昔から“誰のことも傷付けたくない”という価値観が根強くあったという。しかし、生きているだけで意図せず誰かを傷付けてしまうことは往々にあるし、作品を作るうえで、些細な言葉選び一つで誰かを傷付けてしまうことも多い。そうした息苦しさをずっと感じていたが、今作の制作で、何にも気を遣わず、“自分”という人間に真正面から向き合って曲作りができたという。完成した新作について「(これまでで)一番生々しい作品になった」「命の一部を作品にできた」と振り返り、「これからは恥をかいて生きていこうと思います」と宣誓した。続けて観客に向けて、「息苦しいと思う瞬間があったら、またこうしてライブに来てください。こちらは、こうして音楽を作って待ってるんで」と伝えた。この言葉こそが、今の須田のアーティストとしての、そして一人の人間としてのモードを、何よりも雄弁に物語っていたように思う。自分自身のリアルな心情や等身大の姿を、勇気を持って伝えていく。リスナーを信じて、ありのまま共有していく。そうしたポップアーティストとしての覚悟に触れて、強く心を動かされた。

 本編を締めくくった「ダーリン」のラストで銀テープがフロアに発射され、この日一番の高揚感と一体感が生まれた。アンコールでは、今年2月にバルーン名義でリリースされた新曲「花に風」のセルフカバーを披露するという嬉しいサプライズも。「満たされました。生きている実感がありました」「皆さんに刺激をいただきましたので、もらったものを返せるようにします」と胸の内を伝えた後に披露された「美談」をもって、この日のライブは大団円を迎えた。「めちゃめちゃ楽しかったです」「次会う時まで、お互い好きなように生きていきましょう」という言葉を残し、ステージを後にした須田。彼はこの夏、複数のフェスやイベントへ出演予定で、9月からは新たなツアー『須田景凪 TOUR 2023 "Ghost Pops"』の開催も控えている。今後のさらなる進化と躍進に期待したい。

須田景凪、ボカロP時代からの“転機“振り返る 表現の根底にある“他者との関係性“の変化

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