村井邦彦×細野晴臣が明かす、YMO海外展開の背景 「物語にして後世に伝えていくのは大事な仕事」

日本のカルチャーの核心を突く物語

村井:僕が象ちゃんのお父さんである川添浩史さんを主人公にして『モンパルナス1934』を書こうと思ったのは、川添さんの仕事に影響されてYMOのプロジェクトに取り組んでいたからなんですよ。川添さんの仕事でいちばん印象に残っているのはアヅマカブキ。簡単にいえば、日本舞踊を海外に紹介したんですよ。その仕組みの作り方が面白くてね。現地の人間と協力することで、海外公演を成り立たせていた。川添さんは、僕らにとってのジェリー・モスみたいな人と組んで、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスとかで公演を成功させるわけ。日本人が海外で成功するには、現地の有力者と組んでやらないとうまくいかないんですよ。『モンパルナス1934』の物語ではそういう方法論も伝えたかった。

細野:凄い小説だと思います。ドキュメンタリーではなく、小説という形式にしたのはなぜですか?

村井:僕と共著者の吉田さんは『モンパルナス1934』をヒストリカル・フィクションとして書いたんです。歴史に基づいたフィクションですね。なぜこういう形にしたかといえば、川添さんについて書かれた記録があまりないからですよ。僕が川添さんから直接聞かされた話とか、まだ生きている人たちが覚えている話とかを集めて、記録と付き合わせていくわけだけど、それだけでは情報量が少なすぎて形にならない。残りは想像力で埋めていく必要があったわけですよ。

細野:なるほど、映画的な作り方ですね。

村井:まさにそうです。だから完全にフィクションの部分もあるんだけど、僕が川添さんになったつもりで「川添さんだったらここではこう言うだろう」とか、想像で補っていったわけです。

細野:それは村井さんにしか分からないことですよね。こういう本は今までになかったものだし、キャンティは日本のカルチャーの核心だったということがよく分かる物語だと思います。川添さんの時代を知る人はもうそれほど多くないわけですから、ちゃんと物語にして後世に伝えていくのは大事な仕事だと思います。

村井:どうもありがとう。

細野:僕もこういう歴史を勉強したくてしょうがないんです。キャンティの前史は自分もその端っこにいたのだから、知っておかなくてはいけないと思っていました。

村井:細野君は歴史哲学者の仲小路彰さん(1901~84)と会っているんだよね?

細野:そうなんです。実は会っているんですよ! 知らない間にキャンティ前史に巻き込まれていたんですね(笑)。仲小路さんとの出会いはすごく印象的な体験でした(参照:村井邦彦×細野晴臣「メイキング・オブ・モンパルナス1934」対談)。そもそも仲小路さんは川添さんと関係があった人なんですよね。

村井:そう。川添浩史さんの義理の従兄に当たる小島威彦さん(哲学者)の友人が、仲小路さんでした。もともと川添さんは日本活動フィルム株式会社(日活の前身)初代社長だった後藤猛太郎(幕末の志士、後藤象二郎の息子)の子息なんだけれど、三菱銀行取締役だった川添清麿の家に養子に行くことになるのね。その清麿もすぐ亡くなって、名字は川添のまま深尾隆太郎(大阪商船副社長、貴族院議員、日本サッカー協会2代目会長)という偉い人のところに預けられる。その深尾の娘と結婚したのが小島さんだった。小島さんは仲小路さんと組んで戦時中は軍部に反対するようなこともやっていたけど、天皇を尊敬する立場だった。天皇主義かつ国際主義という日本では難しいポジションにいた人なんだよね。

 ご存じのように仲小路さんは大変な勉強家で、特に海外と日本の関係については非常によく勉強されていた。19世紀の日本はロシアやアメリカなど様々な国から狙われてきたわけだけれど、仲小路さんはさらに遡って江戸時代の国際情勢まで視野に入れて、そういう中で日本人はどう生きていくべきかを論じてきた第一人者でした。僕はそういう人たちの中にいたから、全く同じ考え方ではないにせよ、日本人として外国人とどう渡り合っていくかについて、ずっと考えてきたんですよ。

細野:日本が様々な国の間でもまれているという状況は、昔からずっと続いていますよね。今なおそうです。

村井:その通りですね。それも今回の小説で書きたかったことなんですよ。最後のエピソード14に細野君を登場させたのは、象徴的な存在だったからです。細野君は西洋の音楽を深く勉強して、突き詰めていった結果として、自分のアイデンティティーと向き合っていたでしょう? どんな芸術家でも最終的に突き当たる問題は自分のアイデンティティーだと思うんです。だからこそ僕は細野君と一緒に海外で売れるものを作りたいと思ったわけです。細野という人はすごい才能を持っているということが、僕には分かっていたから。

細野:いやあ、恐れ多いですね。西洋の音楽をやっていて、結局のところ日本人としてのアイデンティティーと向き合わざるを得ないというのはまさにその通りで図星です。

村井:あの頃、細野君は自分のアイデンティティーを探る旅を始めていて、僕も同じようなテーマを持っていたんですよ。きっと川添浩史さんもそういうテーマを抱いていたんじゃないかな。川添さん、僕、細野晴臣とつながって、この物語ができたんだ。

細野:面白い! つながるべくして、つながったんだなと感じます。本当に村井さんや川添(象郎)さんに出会えてよかったですよ。

村井:僕だって、あなたに会えてよかった。細野君がいなければYMOはなかったし、YMOの成功がなければ、この歳になって小説を書いたり、日経新聞から「私の履歴書」の依頼を受けたりすることはなかったと思います。

細野:YMOは僕にとっても本当に大きな経験でした。(高橋)幸宏が亡くなって、海外からすごく反応があったのを見て、改めてそう感じました。

村井:僕もそれはすごく感じたな。ロサンゼルスのラジオ局をやっている知人から「幸宏さんが亡くなったというニュースについて問い合わせがあったんだけど、村井さんは何か聞いていますか」って真っ先に連絡があったからね。それが本当に早かった。やっぱり世界的なニュースになったということだよね。

細野:ニューヨーク・タイムズにも記事が出ていたのは驚きました。ああいうメディアに訃報が出るのはイギリスやアメリカの有名なミュージシャンがほとんどですから。改めてYMOの活動は世界中にインパクトを与えたのだと気づかされましたね。

■書籍詳細
タイトル:『モンパルナス1934』
村井邦彦 吉田俊宏 著
発売日:2023年4月30日(日)
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:3,080円(税込価格/本体2,800円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:四六判ハードカバー/384頁
ISBN:978-4-909852-38-0

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