OAU、アルバム『Tradition』レビュー:現実を受け止めながら鳴らし続ける夢 楽曲とライブで届けられる祈りと希望の音楽
OAU『Tradition』は、通算5枚目となるニューアルバムだ。振り返れば前作、2019年発表の4thアルバム『OAU』は、日々に溢れる小さな愛情をキラキラと増幅させるような、素晴らしい祝福感を持つ内容だった。収録曲のひとつが、恋人同士の食卓にスポットを当てた話題のドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系)のOPテーマ「帰り道」だったこと。ラストナンバーが子供たちの合唱に包まれる「I Love You」だったこと。これらは万人に開かれたOAUの今を象徴する話だと思う。
ライブを見れば、いい空気が変わらず続いている。いきなり特典映像の話から始めてしまうが、初回生産限定盤の付属DVDは、今年1月にBillboard LIVE TOKYOで行われたワンマン公演、さらには昨年9月に主催した『New Acoustic Camp 2022』のステージから5曲を収録したものだ。
新春恒例のBillboard LIVE TOKYO公演。洒脱な会場にバンドも観客もすっかり馴染んでいる。ごく自然に手拍子が始まる軽やかなサウンド、成熟の中にも躍動するダイナミズムを宿した演奏、わかりやすい言葉をさらに丁寧に磨きあげるハーモニー。メンバーの2/3がBRAHMANであることをうっかり忘れるくらい安定したコンサートだ。ただし、音楽で心を解放し、生きている実感を掴もうとしているところはまったく同じ。音を紡いでいったその先に、最大級の喜びが爆発する「Time's a River」「Making Time」が来るのがたまらない。MARTINの掛け声と表情が、脂の乗り切ったバンドの状況を伝えてくれる。
そのあとに始まる新曲「This Song -Planxty Irwin-」が非常に興味深いのだ。2月に配信されたこの曲は、1670年にアイルランドで生まれた盲目のハープ奏者、ターロック・オキャロランの楽曲に日本語の歌を乗せたもの。最も血塗られた時代と言われる17世紀アイルランドを生きた彼が、どんな気持ちで音楽を作っていたのか、残る記録は少ない。ただ、その旋律に平和への切なる願いを感じたと語るTOSHI-LOWは、こんな言葉で歌い始めている。
〈悲しみのこの歌を/今 僕のため 歌って〉
長くなったが、ここからがニューアルバムについての話。まずオープニングの「Old Road」がかなり厳かな印象だ。音数をぐっと差し引いた展開の中、低音のリズムだけが轟き、「静かな目標/悲劇的な過去も/困難な道のりを歩んできた(和訳)」と歌うMARTINは、なんだか大切な教えを説く牧師のようでもある。さらには、ラストナンバーの「懐かしい未来」は東日本大震災の被災地から生まれた物悲しいバラード。さりげない日々に小さな愛情を散りばめた前作とは、明らかにトーンが異なっている。
もっとも、それ以外は聴きやすいポップスが中心だ。踊れるインスト、軽快なカントリーソングもいくつか。飾らない言葉で、大切な人を想う気持ち、大自然を見つめる心模様などが歌になっていく。ただ、そこに祝祭のムード、たとえばコーラス隊を呼び込んで皆で高らかに歌うようなニュアンスがあるかといえば、決してそうではない。コロナ禍でそういう気分になれなかったことは容易に想像できるのだが。