the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第14回 Burial、KILLER BONG……『Adze of penguin』期の新たな刺激

バンアパ木暮、4thアルバム期の新たな刺激

 the band apartのドラマー・木暮栄一が、20年以上にわたるバンドの歴史を振り返りながら、その時々で愛聴していたり、音楽性に影響を与えたヒップホップ作品について紹介していく本連載「HIPHOP Memories to Go」。第14回は、木暮自身がDTMを導入し始めたという変化作となる4thアルバム『Adze of penguin』制作期、特に愛聴していた“記憶と結びついた私的クラシック”の数々について語る。同作の制作エピソードや全曲解説もお見逃しなく。(編集部)

“ロックバンドとしての思春期”を終えて生まれた制作意識の変化

 曇り空の練馬区は雨が降ったり止んだりしている。肌にまとわりつく湿度にはまだ夏の気配が濃厚だが、夕闇の訪れまでの時間は日ごとに短くなり、帰り道には季節の変わり目を告げる虫の声も聞こえるようになった。

 シャッターを開け放ったスタジオの入口で一服しながら、44歳という自分の年齢を春夏秋冬に例えるならどの辺りだろう、と少し考える。

 実年齢に対して気ばかり若い僕のような遊民職(ボンクラ)においては、未だに終わらない夏が続いているような感覚が拭い難いけれど、世間一般においての「Mid 40’s」は、人生の中秋に当たる年齢と言えるのかもしれない。

 「アイデアを出した原案者がそのまま監督役として各メンバーとパートごとのアレンジを相談しながら楽曲制作を進める」……いつの間にかでき上がったthe band apartの制作スタイルの一度目の結実が3rdアルバム『alfred and cavity』(2006年)だとすれば、我々の4thアルバム『Adze of penguin』(2008年)はまた多少の変化を伴った作品になっている。

 当時の記憶を辿ろうとしたとき、まず最初に出てくるのは「何を作っても良いと思えない」という原(昌和/Ba)と川崎(亘一/Gt)の言葉。数年ぶりに『Adze〜』を聴き直しながらこの文章を書いているのだけど、彼ら2人の音楽的なスランプが、そのままこのアルバムの一側面になっているように聴こえないこともない。

 そもそも遊びの延長で始まったバンドが、Hi-STANDARDやSCAFULL KING、あるいはメンバーそれぞれが好きな国内外の様々な音楽の象徴的な要素を、ある意味子供のような無邪気さで雑食に取り入れながら「わー楽しい」と続いてきたのが初期のthe band apartだ。しかし、リリースやライブ活動を重ねる中で音楽への造詣や知識が少なからず深まってくると、それまでのような表面的なジャンル要素の拝借は徐々に気恥ずかしく思えてくるし、ストレートなアプローチを陳腐に感じてしまったり、何より過去の焼き直しを繰り返していても、そこに新しい感動が訪れることはないと気づいたりもする。

 心も身体も確実に変化していく思春期には、幼い頃に自由に歩いたり走ったりした道路の道幅が、いつの間にか狭まって見えてきたりする。「何を作っても良いと思えない」という2人の言葉は、バンドとして、あるいは音楽を作る者として、そんな変化期の只中にあった自分たちの定まらなさに対する素直な感覚だったのだろう。

 結果的に、川崎は自作曲の収録を諦めてアレンジ作業に専念し、原は締め切りギリギリで何とか2曲を書き上げた。僕と荒井(岳史/Vo/Gt)は各3曲(既発の「Moonlight Stepper」を含めると荒井は4曲)を作った。

 曲ごとの細かいエピソードは後半のメモに譲るが、原や川崎にあった音楽に向き合う心境の変化が僕や荒井になかったわけではない。ただ、僕と荒井の場合は「じゃあ今までと少し違った感じでやりますか」と、その変化に上手く対応できたのだと思う。そういった視点で振り返ると、確かにそれまでとは異なった毛色の楽曲をそれぞれ作っている。

ループミュージックと共に脳裏に焼き付いた景色

 僕の場合はこの時期、自宅にDTMを導入したことで、それまで形にできなかったものをデモとしてメンバーに提示できるようになったのが大きかった。

 今でもギターはまともに弾けないが、フレーズやコードのイメージさえ頭に浮かんでいれば、細切れに少しずつ録音したり、あるいは最初からMIDIで打ち込んだりして形にしていくことができる。そうやって作ったものをさらに切り刻んでエディットすることで、自分では思いつかないようなリフが生まれたりもした。

 そんな風にして作ったのが「I love you Wasted Junks & Greens」のバックトラック。当初は全体を通して1フレーズのリフレインのようなメロディが乗っていたが、荒井に「歌がちょっと地味すぎるような気がしますね……」と言われて修正し、現在の形になった記憶がある。

the band apart「I love you Wasted Junks & Greens」

 個人的にバンドでは場面展開の多い曲を作りがちなのだけど、今も昔も普段聴いている音楽は淡々としたループミュージックが多い。このアルバムの制作時を思い返すと、BGM的に思い浮かぶのはBurialというUKのアーティストの音楽だ。

 彼の1stアルバム『Burial』、そして評価を決定的なものにした2ndアルバム『Untrue』の2作を当時擦り切れるほど聴いていて、特に後者は、聴くたびに旧<ASIAN GOTHIC LABEL>事務所があった東京都杉並区方南町の深夜の風景が自動的に浮かんでくるほど記憶とリンクしている。

Burial「Archangel」

 メインストリームのヒップホップも一応追いかけてはいたものの、当時一斉を風靡していたLil’ WayneやT.I.、Young Jeezy(現Jeezy)などにはそこまでハマることがなく、あれほど好きだったA Tribe Called QuestのQ-Tipのソロ作も何曲か好きなものをデジタルダウンロードしたのみで、どちらかと言えば、よりアンダーグラウンドで夜の匂いがする音楽をこの時期は好んで聴いていた。

 作曲やスタジオ作業の帰り道、あるいは当時近所に住んでいたZAZEN BOYSのカシオマン(吉兼聡)と深酒した帰り道などにヘッドフォンから流れていたのもやはりBurialやその周辺、日本のものだとKILLER BONG『Moscow Dub』やDJ BAKU『SPIN HEDDZ』など。

 特にジャコ・パストリアスの名曲「Portrait Of Tracy」をサンプリングした「Zatunen That Was Able To Be Shaken Off」(『Moscow Dub』収録)はBurialから浮かぶ方南町のように、自動的に中野や江古田の深夜の住宅街が浮かんでくる私的思い出クラシックだ。

 メインストリームの音楽に耳が向かなかった時期、ということなのだろう。

 KILLER BONGのサンプリングソースにもなっていた古いジャズ、ロック〜フュージョン期のレコードなどが、ディスクユニオンでLP1枚が大体500円前後と安かったこともあって、暇を見つけては試聴もせずに買っていた。その中でも、Weather Reportの初期作やファラオ・サンダース「Astral Traveling」などは個人的に今でも入眠時に聴いたりするし、Return To Forever『Romantic Warrior』 、Mahavishnu Orchestra『The Inner Mounting Flame』といった名作は、移動のバンド車の中でもよくかかっていたように思う。

 サブスクで新旧の音楽がある程度並列で聴ける現在の環境は、僕のような音楽愛好家にとっては便利なことこの上ないが、芥川龍之介の「芋粥」よろしく、その膨大な量感とポテンシャルを前に好奇心の飢餓を失ってしまう時がある。探す前から疲れてしまうのだ。ポップミュージックの演奏時間が年々短くなっているのも、暇さえあればスマホを眺めているような現代の生活様式に、人間の脳が疲れてしまっているからかもしれませんね。

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