エルヴィス・プレスリーはなぜ偉大なシンガーなのか 映画『エルヴィス』鑑賞前に知っておきたい、“不世出の天才”の歴史
もう一点の魅力は甘い歌声で、「Love Me Tender」に代表されるバラードナンバー、そしてプレスリーの甘いマスクはファンを夢中にさせた。
そんな人気絶頂だった1958年、まだ徴兵制度があったために彼は陸軍に入隊し、西ドイツに2年間駐留、1960年に除隊となる。除隊後、ジェームズ・ディーンのようなシリアスな俳優を目指すものの、パーカー大佐が持ってくる映画企画は、アイドル人気に乗っかった女の子とのラブストーリーと、主題歌や作中歌のヒットを目指した安直なものばかりで、次々と量産はされたが評価は低かった。
一方の音楽界は1962年のThe Beatlesのデビューを皮切りに大きな変貌を遂げ、ロックの誕生とカウンターカルチャーの隆盛で、プレスリーは完全に過去のスターとなってしまう。だが、プレスリーの中で音楽的な野心が消えてしまったわけではなく、それを見せたのが、今回の映画『エルヴィス』でもハイライトの一つとなっている、1968年12月に放送されたテレビのスペシャル番組『ELVIS』(通称『'68カムバック・スペシャル』)。デビュー当時を彷彿とさせる革ジャン、パンツ姿で初期のロックンロールナンバーを歌うビート感溢れる歌声、そしてマーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を引用したナンバー「If I Can Dream」は、改めてプレスリーの才能を認識させるものとなった。全米での瞬間最高視聴率が70%を越えたという伝説も残り、また「Suspicious Minds」「In The Ghetto」といった晩年を代表するヒット曲も続いた。
しかし、その後はラスベガスでのショーを中心とした活動が彼の世界を狭くしてしまい、逆に音楽シーンはさらに表現域を広げ、多彩なアーティスト、バンドが続出。音楽的な冒険もどんどん試みられるようになり、プレスリーはすっかり過去のスターになってしまうなか、1977年8月16日、42歳の若さで亡くなってしまう。
薬物や過食症の影響で太ってしまった体型や、ショービジネスに徹した活動のせいもあって活動後期〜晩年は明るい話題は少なかったが、映画『エルヴィス』は、そんな彼の生涯と、特別な才能を改めて認識させてくれるに違いない。