キタニタツヤが語る、ポップスへの意識がもたらす変化 二面性を捉えることで広がった音楽表現

キタニタツヤ、二面性から広がった音楽表現

 2020年8月にミニアルバム『DEMAGOG』にてメジャーデビュー。以降、TVアニメ『平穏世代の韋駄天達』(フジテレビ系)のオープニングテーマ「聖者の行進」、『BLEACH』生誕20周年記念原画展「BLEACH EX.」のテーマソング「Rapport」やイメージソング「タナトフォビア」、またドラマ『ゴシップ #彼女が知りたい本当の◯◯』(フジテレビ系)の2つの主題歌「冷たい渦」と「プラネテス」を書き下ろすなど、順調に活動の幅を広げているシンガーソングライター・キタニタツヤ。最近は「THE FIRST TAKE」において「アサヒスーパードライ」とのコラボレーション企画タイアップソング「ちはる feat. n-buna from ヨルシカ」が公開されたのも記憶に新しい。

 そんな彼が待望のフルアルバム『BIPOLAR』を5月25日にリリースした。これまでは自分の好きなように音楽を作り続けてきたというキタニだが、今作に収録されている楽曲は“人に聴いてもらえるもの”を意識して作ったという。本インタビューでは、そんな自身の中で起きた意識の変化、アルバムのコンセプト、物事の持つ二面性、アーティストとして目指すものなどについて話を聞いた。(荻原梓)

「物事が角度によって違って見えることに興味があった」

ーー10曲中、実に6曲がタイアップという収録曲のリストを見ても、今作の制作期間はかなり充実してたのではないかと想像します。今回のアルバムの制作期間は、ご自身にとってどのような期間でしたか?

キタニタツヤ(以下、キタニ):前作『DEMAGOG』は、作る上で何の縛りもなく、コンセプトとかも自分で決めてよかったので、曲ができてもボツとかなくて、自分の思うように作れたアルバムだったんです。なので、特に誰に聴いてもらいたいということも深くは考えてなくて、本当に自分のための音楽でした。ただそれ以降はちゃんと人に聴いてもらえるもの、独りよがりにならないものを作ろうという意識に変わって。

ーー人のために作るようになった期間だったと。

キタニ:そうですね。同じ内容を歌うにしても伝え方を考えたり、伝わりやすいメロディって何だろうって考えたりして。音作りにしても自分の出したい音を好きなように出すのではなく、歌を立たせるようにしようとか。2021年以降はそういうことを常に意識しながら活動していたなという感じです。

ーーではそんな今作ですが、まずタイトルの『BIPOLAR』はあまり聞き慣れない言葉です。直訳すると“対極的な”とか“両極の”という意味になりますが、このタイトルにした理由を教えていただけますか?

キタニ:『BLEACH』に2曲(「タナトフォビア」「Rapport」)と、ドラマ『ゴシップ #彼女が知りたい本当の〇〇』にも2曲(「冷たい渦」「プラネテス」)を書かせていただいたんですけど、タイアップで同じ作品に2曲書くって珍しいじゃないですか。

ーー確かにそうですね。

キタニ:それが立て続いたんです。一つの作品に対して別々の角度から光を当てて、二通りの曲を書くっていう。それで物事って一面的ではないんだなと再認識したんです。自分という人間に対してもそう思っていて、外から見たら「明るいやつ」とか「社交的」って言われることが多いんですけど、自分ではそうは思っていなくて。内省的だし、うじうじしてるタイプだし、生まれる音楽はわりと暗いものが多かったりするので、そのギャップって面白いなと以前から思ってて。実際どちらも自分として間違っていないもので、どっちも自分だなって思う。けど、見方によって全然違うことが、なんか面白いなと。

プラネテス / キタニタツヤ - Two Drifters / Tatsuya Kitani
冷たい渦 / キタニタツヤ - Inner Whirlpool / Tatsuya Kitani

ーー明るい自分も暗い自分も、どちらも自分だと。

キタニ:その二面性って誰しもあるものだと思っていて。ただ議論をシンプルにするために二面性という言葉を使っていますけど、実際はもっと複雑なんですよね。人間って何通りも形容詞が付く。人間だけでなくいろんな物事がすべてそうだと思います。そういう、あらゆる現象が見る角度によって全然違って見えることについて、前々から興味があったんです。今回収録されるタイアップ曲では、一つの物語についてある曲では孤独を歌いながら、もう一つの曲では人との繋がりを歌ったりしてるんですけど、その4曲を主軸にするために、曲と曲とが対になっているアルバムにしたくて。だから今回のアルバムは10曲なんですけど、2曲のペアが5組になっていて、1つのことを歌ったら、その裏を取るような歌も入ってる、そういう構成のアルバムになっています。

ーーその二面性というテーマが分かりやすく提示されているのが1曲目の「振り子の上で」ですよね。

キタニ:そうですね。今まで話してきたようなコンセプトを一言で表現できるような曲を最初に入れたくて。アルバムをまとめてくれるような曲を1曲目に持ってきたいという思いはありました。

ーーこの曲に〈責め立てるようによろこびのうたを歌う〉というフレーズがありますけど、10曲目「よろこびのうた」では〈よろこびのうた/抱きしめるように/歌う〉と歌っていて、アルバムを通してまさに対になってるのが上手く表現されているなと思いました。

キタニ:そうなんです。そうやって理屈っぽくまとめるのが大好きなので(笑)。こっちではこうだからこっちではこう、みたいなのって聴いてる方も気付くと嬉しいじゃないですか。でもこれは100人聴いてたら、気付いてくれるのは5人くらいでいいかなと思ってるんですけど。

ーーということは他にもそういう仕掛けがたくさん隠されていそうですね。

キタニ:でもほとんどは自己満足でいいと思ってて、それもさっき話した“ポップスであることを意識する2021年”に繋がる学びでもあります。歌を伝えやすくするにはどうしたらいいんだろうみたいなことはすごく考えたし、少しずつですけど形にできるようになってきました。逆に、全く伝わらないようなマニアックな曲も自信を持ってできるようになったんです。例えばサビの1行目さえ分かりやすいフレーズであれば、2番以降は多少難しい表現でも、サッと聴く人には気にならないし、深く聴く人には楽しみが増える。そういうふうに分けて考えられるようになって。

「伝え方を工夫するだけで幅広い人に受け取ってもらえる」

ーーそうやって人に届けることを意識したことで、作品に対する反響の質は変わりましたか?

キタニ:音楽にさほど興味のなかった高校の友達とか、幼稚園の頃に仲の良かった友達のお母さんから連絡が来たりとかしましたね。だからちゃんと伝える努力をしたら伝わるんだというのはシンプルに思いました。今までは言いたいことだけをそのまま歌ってたんですけど、どういう言葉に包んで渡してあげればいいのか、伝え方を工夫するだけでこんなに幅広い人に受け取ってもらえるんだと。

ーー二面性という点では「PINK」も素晴らしいと思いました。美しいものと、その美しさの裏にある多くの犠牲、というようなことがテーマになってますよね。

キタニ:このアルバムにも収録した「ちはる」の逆を行くような歌を歌ってやろうと思ったんです。

ーー「ちはる」のペアが「PINK」なんですね。

キタニ:「ちはる」は、春をテーマにした爽やかな曲を作ってくださいというリクエストを(アサヒスーパードライから)いただいて作ったんですけど、桜をテーマにして綺麗なことを「ちはる」で歌った後に、でも桜ってデカくて均整が取れててちょっと不気味だよねって思って作ったのが「PINK」。美しいものには裏があるって昔から思ってるんです。

ーーそれはなぜでしょう?

キタニ:よく巨大なものって怖いって言うじゃないですか。水族館でクジラを見るとうおってなるし、めっちゃ高い建物が左右対称だったら怖く感じるみたいな。均整の取れたものになんとなく恐怖するっていうのは誰しもちょっとはあると思うんですよ。それと同じように美しいものにも裏があるようで気持ち悪い、怖いみたいな、そういう人間の原初的な恐怖をいつか歌にしたいなと思っていて、ここでうまくそれを形にできたかなと思います。

PINK / キタニタツヤ - PINK / Tatsuya Kitani

ーー〈神の手はにじむピンク〉という一節は、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT「ドロップ」からの引用ですよね。

キタニ:気付いてくれる人とそうでない人がいるので、嬉しいです。

ーーミッシェルは昔から好き?

キタニ:大好きです。ずっとその言葉を覚えてて。チバユウスケさんは意図してないと思いますけど、なんとなく桜っぽいなと思ってたんです。

ーーあまりこういうオマージュというか、引用ってしないタイプですよね。

キタニ:しないですね。たまたまこれは反射的に思い付いたからやりましたけど、その時もし思い出してなかったらこの歌詞にはなってなかったと思います。その時期にちょうどミッシェルのライブ映像を観てて、意識の上の方にあったのかなと。でもこの曲自体は、実はそんなに深い意味とかはないんです。「プラネテス」とか「ちはる」とか人に聴かせるための曲はちゃんと用意してあるから、「PINK」みたいなアルバムにしか収録しない曲は無意味な歌でいいと思ってて。反射神経だけで作った、なんとなく言葉の並びが気持ち良くて、グロテスクで面白いでしょっていう。それと、アルバム曲なんてたくさんは聴かれないっていうある種の諦めもあって、だからこそ、ここまでたどり着いてくれた人には刺さってくれるだろうという。すべての人にしっかり届けたい歌ではないですね。

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