88risingはなぜ欧米でポップカルチャーの覇権を握ったのか 立ち上げからコーチェラ出演までの歩みを振り返る
この一連の流れは、アジアの何も持たない若者が世界的なスターとなるための道を示しているだろう。そして一方で、とりわけ音楽的な側面から見れば、<88rising>が初期からヒップホップを中心に据えていることを欧米中心のカルチャー、サウンドに迎合しているように感じるかもしれないが、欧米がアジアの文化に対して支配的な立場であることを考えてみると、黒人が白人に対して行ってきたシグニファイング(※1)、つまり巧みな話術(ラップ)を用いて、いつの間にか体制を動揺させることをアジアと欧米に置き換えてやってのけたとも言えよう。
それからも<88rising>は全米初のアジア系アーティストを中心とした音楽フェス『Head In The Clouds』を開催するなど、その勢いは衰えることなく、コーチェラのステージへと辿りつく。もともと人気より芸術性を重視したフェスとしても評価されてきたコーチェラにおいて、彼らの出演は必然であったのかもしれない(実際コロナ禍の影響で開催されなかった2020年も<88rising>のアーティストは複数ラインナップされていた)。しかし、そこでも<88rising>はそれを与えられたものとしてではなく、観客を驚かせる場として魅せた。宇多田ヒカルの出演も含め、2018年にヘッドライナーを務めたビヨンセのステージでのDestiny's Child再結成も彷彿とさせる2NE1の再結成などサプライズを詰め込み、現地だけでなくオンライン配信で世界中の観客を沸かせたのである。
今年のコーチェラのラインナップは、特に多言語化、多ルーツ化したという声が多かったように思う。事実、<88rising>のニキ、リッチ・ブライアン、ウォーレン・ヒューはインドネシア出身のアーティストとして歴史上初めてコーチェラの舞台に立っている。無論それはコーチェラのピックアップによるものではあるが、<88rising>をはじめ様々な人種的マイノリティに当たるアーティストとそのスタッフたちによる功績も見逃してはいけないだろう。瞬時に移り変わるポップカルチャーの世界で自分を見失わずに活動を続ける彼らの手によって、当たり前は徐々に変容していくのだ。
※1:『文化系のためのヒップホップ入門』36、37ページ