アイナ・ジ・エンドがCMで歌うYUKI「大人になって」カバーが話題 ボーカルに宿る“特別さ”を紐解く
アイナ・ジ・エンド(BiSH)によるYUKI「大人になって」のカバーが大きな話題を呼んでいる。これは、GalaxyのキャンペーンCM「ずっと一緒さ。新生活」篇のCMソングとして制作されたもの。Galaxyのスペシャルサイト(※1)では同CMのほか、アイナのレコーディング風景やインタビューを収めた映像を3月31日までの期間限定で公開中だ。
本稿ではこの楽曲の聴きどころを探るとともに、改めてアイナ・ジ・エンドという不世出のボーカリストが持つ無二の魅力に迫ってみたい。
屈指の名カバー
原曲であるYUKIの「大人になって」は、2012年発表のベストアルバム『POWERS OF TEN』に未発表曲として収録されたバラードナンバー。作詞作曲はYUKI本人が手がけており、シンプルなメロディラインと和声進行にパーソナルで繊細な言葉を詰め込んだ、構造的にはフォークソングのような1曲だ。その特性を最大限に生かすべく、エレキギターやハモンドオルガンが中核を担うソリッドなフォークロックアレンジが施された。編曲を手がけたのは會田茂一だ。
これに対し、アイナ版ではピアノ1本を主体としたさらにシンプルなアレンジとなっている。2コーラス目からはドラムス、大サビからは弦楽四重奏も絡んでくる室内楽的なサウンドプロダクションではあるが、基本線としてはピアノ弾き語りスタイルに近い、素朴でミニマルな音作り。つまり原曲同様、あるいはそれ以上に“歌”を前面に押し出そうとする意図が明確に窺えるアレンジと言える。よって、余計なことは考えずアイナの歌表現だけに集中して味わい尽くすのがこのカバーに対する正しい向き合い方だろう。
アイナのボーカリゼーションといえば、最も特徴的なのはノイズ要素の積極利用と言える。ブレスノイズやフリップノイズ、かすれなどの要素をボーカル表現の一部として強調する歌い方をしており、それが元来持っている独特なハスキーボイスをより強力な武器として響かせる効果的なスパイスとして機能している。
もちろん「大人になって」においてもその特性は存分に発揮されており、その歌声が子供と大人の狭間で揺れ動く不安定な心情を描く歌世界と見事に共鳴している。それが特に顕著な例としては、サビの〈悩める〉の「や」部分を挙げたい。ここは並の歌い手であれば失敗と判断してもおかしくないほどのかすれ具合になっているが、それを「ここはこの歌い方以外あり得ない」と感じさせるだけの説得力が彼女の歌声にはあるのである。そうした「アイナにしかできない」と思わせられる独自の哲学を貫いた表現が楽曲の描く世界と高度にシンクロしながら随所にちりばめられることで、「大人になって」はアイナ史上でも屈指の名カバーと言えるものに結実したわけだ。
アイナが歌えばアイナの歌になる
よく知られている通り、「大人になって」以前にもアイナはさまざまな場面で多くのカバー曲を披露してきた。彼女は単に優れたシンガーであるだけでなく、カバーの名手でもあるのだ(もっとも、大抵の名シンガーはだいたいカバーも得意だが)。中でも彼女自身が敬愛する椎名林檎のカバーには定評があり、フェスやテレビ番組などで披露された「本能」や「罪と罰」、「真夜中は純潔」といった楽曲のパフォーマンスに度肝を抜かれた経験を持つ読者諸氏も少なくないことだろう。さらに特筆すべきこととして、昨年放送の『ミュージックステーション』において椎名本人からの指名で東京事変「群青日和」の歌唱を担当した一件が挙げられる。これは単にカバーの許諾を出すのとは訳が違う。本家アーティスト自らが「自分の曲を歌ってほしい」と要望するというのは、単にカバーの許諾を出すのとは訳が違う。
もちろん椎名楽曲だけではない。アイナはこれまでにKiroro「冬のうた」や尾崎豊「Forget-me-not」、加藤ミリヤ「20-CRY-」、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」など、年代や性別を問わず幅広いアーティストの楽曲カバーを事あるごとにさまざまな場面で披露してきている。
J-POP以外にも、ディズニー映画『リトル・マーメイド』の「Part of Your World」やアリシア・キーズ「Girl on Fire」など、英詞曲カバーを苦にしていないところも特徴だ。それで言えば、UK(MOROHA)とのユニット・SEXFRiEND名義でカバーしたhide「Bacteria」でも一部印象的な英詞歌唱を聴くことができる。