アルバム『ANY DAY NOW』インタビュー

INORANが音楽を通して続ける心の旅 時代におけるミュージシャンとしての役目も語る

 INORANが、10月20日にニューアルバム『ANY DAY NOW』をリリースした。本作は、2020年9月30日リリースの『Libertine Dreams』、2021年2月17日リリースの『Between The World And Me』に続く3部作の完結編。コロナ禍において、INORANひとりで制作したスタイルはそのままだが、前2作とは異なるポジティブさが感じられる作品になっている。今回のインタビューでは、今年に入ってからの制作における心境の変化やINORANが音楽に向き合うスタンスについてなどストレートな思いを聞いた。(編集部)

残ったものを愛していけばより豊かな毎日になる

ーー前回お話を伺ったのが2月でしたが(参考:INORANが考える、流れに身を委ねることの大切さ 「気持ちに余裕を持っていないと乗り越えていけない」)、そこからもう新作が完成。ものすごいペースですね。

INORAN:本当ですよね(笑)。

ーー前2作(『Libertine Dreams』『Between The World And Me』)は昨年のステイホーム期間にできた曲を前半後半といった形で振り分け、それを2枚のアルバムにまとめたと伺いました。ということは今回のアルバムにはそれ以降、2021年にできた楽曲で構成されているということなんでしょうか?

INORAN:まさにそうです。

ーー結果的には3部作という形に落ち着きましたが、そもそも想定は……。

INORAN:していなかったです。去年の時点では「2021年はいろんな意味で回復に向かうだろう」と思っていましたけど、その予測はわりとハズレに近くて。その中でも止まっていることはできなかったので、また曲を作り始めました。でも、そこに込める思いも、聴いてくれた人が感じるバイブスも、過去よりポジティブなものになっているんじゃないかと思います。

ーー2020年と2021年を比べたら、人々の思考もずいぶん変わりましたものね。

INORAN:ある意味吹っ切れた部分もたくさんあるし。なので、今回はもうちょっと外に向けてというか、未来や明日に向けたものが多い気がします。

ーー前2作は闇の中で迷いながらも抜け出そうという意思が感じられましたが、今作はそこからさらに一歩進んで、ひたすら前を見て明るい未来に手を伸ばしていることがより強く伝わりました。

INORAN:前の2作ではポジティブなことだけを歌うとあまりリアルではなくなってしまうので、もがいている感があったと思うんですけど、今作はもうちょっと突き抜けたというか、覚悟が決まった部分があると思います。

ーーその流れが、まさに日記みたいですよね。

INORAN:うん、自分でもそう思います。

ーーこの1年ちょっとで3枚のアルバムで31曲も完成させられたのは、日々生活している中でそれだけ創作意欲を突き動かされる大きなものがあったからなわけですよね。

INORAN:まさしくおっしゃったとおり、動かされた部分がすごく大きいですよね。

ーーそこにアーティストとしての使命を感じたんでしょうか?

INORAN:音楽にできることのひとつというか、やらないといけないなと思って作っています。

ーー例えば創作活動を通じて、そういった日常での気持ちを整理するようなことは?

INORAN:気持ちを整理するというよりも、やっぱりやれることをやっただけというか。そういう気持ちのほうが大きいし、その気持ちだけかもしれないですね。だから、こうやって改めてインタビューを受けることで、気づくこともたくさんありますよ。

ーーなるほど。今回のアルバムですが、とにかくサウンド面にすごく驚かされました。前2作はこれまでのINORANさんがやってきたことの延長線上にあるものの、それをご自身ひとりでレコーディングしたことで変化が生じましたが、今作はそこからさらに一歩進んだ感の強い内容ですね。

INORAN:今回のアルバムも含めて、3枚とも同じスタッフで作り育んだものなので、前の2作をアップデート、ブラッシュアップしたという感覚が強くて。それがサウンド面にも出ているんだと思います。

ーーとはいえ、対となっていて関連性も強かった前2作と比べると、今回はそこからひとつ飛び抜けた感が強いんですよね。

INORAN:それは最初にも言った通り、このコロナ禍における心境の変化というのが大きいですよね。パンデミックへの考え方ひとつ取っても、2020年と2021年とでは全然違うじゃないですか。去年の気持ちが落ちていた頃よりは、今年のほうが「どうにかしたい」という気持ちが強いし、それはみんなも一緒だと思うし。そういう部分が、強く反映されているんだと思います。

 自分を取り巻く環境も、2020年と2021年では変わったと思うんですけど、2020年は自分もわりとみんなと同じような感じだった。移動とかつながりとか自由とか、今まで当たり前に存在していたものがなくなって、そこに対して悔しさや悲しさ、未練に引っ張られていたと思うんです。でも2021年になってからは、完全に元通りにはならないということがわかったじゃないですか。となると、残ったものに対して愛おしさとか大切さが増してきますし、そこを輝かせてポジティブに生きていくことが重要だと。それがサウンド面に出ているんじゃないかと思います。

ーーその価値観の変化が前の2枚と今作とで、顕著に表れていると。

INORAN:そうですね。価値観でいったら、2020年というのはいろんな物事を奪われてしまったわけですよね。でも、取り上げられたからって全部は奪えないわけで、だったら残ったものを愛していけばより豊かな毎日になる。だから、ミニマリズムとかああいう感じですよ。必要最低限のものだけで過ごしていると、逆にレンジが広くなる。人の心もそうなんじゃないか、なんてこともコロナ禍で与えてもらったものかな。そういうものを曲に落とし込んでいくのが僕の仕事で、ミュージシャンとしての役目だと思っているから、音もポジティブだし、外に向かっているんだと思います。

本作でINORANがギターを弾かなかった理由

ーーミニマリズムという言葉が出てきましたが、アレンジ面に関してもその思考が反映されている気がします。例えばINORANさんはギタリストとしても強く認知されていますが、このアルバムの中でギターが占める比重が非常に低いことに驚きまして。

INORAN:実はですね、このアルバムでは1音もギターを弾いていないんですよ。

ーーえっ?

INORAN:この音はギターのサンプル音源で、シンセで弾いたりしているんです。

ーーそうなんですね。そこに至った経緯は?

INORAN:数曲作ってしばらくしたときに、「そういえばギター弾いていないな」と気づいて(笑)。僕はそこで「弾かなきゃ」という思考になる人ではないので、「まあいっか」と思ったものの、ある日ふと「なんでだろう?」と考えたんです。

 僕はソロで活動しているほかに、今、LUNA SEAでもパンデミックで延期になったツアーをやっているんですが、その中でもすごくドラマがあって。それはトラブルとかアクシデントも含めて、尊い時間であり尊い思いであり、すべてが大切な宝物になっているわけです。その中で泳いでいる自分はギターを弾いているわけで、そこにギターを、無意識のうちに全部集中させたかったのかなと。計算はしていないんですけどね。あとで振り返ると「なんでこんな行動をしたんだろう?」と思うことってあるじゃないですか。だから、そういうきっかけで今回はLUNA SEAにギターを全部集中させるという意識があったのかな。普段はそんなこと思わないんですけど、やっぱりこの2年ぐらいは生きていくこの時代も、LUNA SEAのことも、ソロのことも、すべてがドラマチックすぎて、そういうふうに寄せたんじゃないかな、と勝手に思うようにしています。なので、まったく弾いていません。

ーー確かに、インストの「flavor」あたりはサンプリングした音源を使っているのかなと思いましたし、ほかにも「ギターっぽいけどちょっと違うな」と感じる曲もあったので、今回はギターを弾くことに比重を置くのではなくて、弾いたギターの音を素材として楽しんでいるのかなと想像していました。

INORAN:もともとギターはギターらしい音じゃないといけないという考えはないし、ケースバイケースでそのときによって変えている。だから、ギターに関しては無理矢理そういう枠をつけてやっているわけではないですね。

ーー面白いですね。海外ではサブスクにおいて、若い世代のリスナーはギターの音が入っているとその曲を数秒で飛ばす、という話を耳にしたことがあります。そこを狙ったわけでもないですものね。

INORAN:そこでもないですね。そうやって言われるジャンル分けの思考が、僕にはあんまりないですし。

ーーINORANさんが今やられている音楽は、ジャンルとしてはどういうものだと考えていますか?

INORAN:何なんですかね? いろんな要素が混ざっていて、そのときに生まれてくるもの、作りたいものが反映されているだけですし。ジャンルについては聴いた人が付けるものだと思っているので。

ーー思えばソロ1作目のアルバム『想』のときから、ロックの一言で片付けられるような世界観ではありませんでしたし。

INORAN:うん。ただそのときに聴いていて、みんなと共有するとハッピーなもの、ジャンル観でいえばそういうものかもしれないですね。それは時にはロックかもしれないし、EDMやハウスかもしれないし、アブストラクトヒップホップかもしれないですし。

 例えがおかしいかもしれないですけど、キャンプを主催するとして、みんなで料理を作るとします。それが時にはパエリアかもしれないし、時にはBBQかもしれないし、時には魚料理かもしれない。それぐらいの違いで、そのときにみんなで楽しめるものをやっていて、そこに対して「俺は米屋だから米しか使わない」とか「漁師だから」とかそういうこだわりはない。僕は和食屋だからとかイタリアンシェフだからというこだわりも肩書きもないわけです。

ーーなるほど。わかってきた気がします。

INORAN:僕はそんなものですよ(笑)。

ーーみんなで共有して楽しむ姿勢を忘れずに活動してきた結果、たどり着いたのがこの『ANY DAY NOW』なわけですものね。とはいえ、LUNA SEAが登場した頃からいちリスナーとして楽しませてもらってきた身としては、この『ANY DAY NOW』に到達するという事実は驚きでもあるわけです。

INORAN:そうですよね。この先も自分やみんなの想像を超えた楽しみとか喜びが待っていてくれるような活動ができればいいなと思います。

ーーちょっと気が早いですが、『ANY DAY NOW』を経たINORANさんがこの先、どのような変化を遂げるのかすでに楽しみになっています。

INORAN:ここまで来て思ったことは、本当に変化し続けて歩んできてよかったなということ。ずっと変わらないことをやり続けるのもすごい強みだけど、僕はこのスタイルでよかったなと思っています。これからもどんなことがあっても変化し続けたいし、きっとそれが先々強みになると信じています。

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