Coldplay、肯定を歌う壮大なスペースオペラ 『Music Of The Spheres』が現代に投げかける普遍的なメッセージ
今年の5月7日、Coldplayは国際宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士、トマ・ペスケ氏と中継を繋ぎ、カメラに映る宇宙の景色に目を輝かせ、トマ氏との会話を楽しみながら、彼に「Higher Power」音源を初披露した。当時、この音源は公開されておらず、まさに“地球外”にて初めて解禁されたというわけである。
これまでミッシー・エリオット「Lose Control (feat. Ciara & Fat Man Scoop)」やケイティ・ペリー「Firework」、最近ではエド・シーラン「Bad Habits」「Shivers」といった作品を手掛けてきたMV界の巨匠であるデイヴ・マイヤーズによる「Higher Power」のビデオでは、『ブレードランナー』を彷彿とさせる荒廃した近未来的な都市の路上を一人で歩くクリス・マーティンが、異星人と思わしき存在のホログラムと共に歌い踊る姿が描かれている。現時点で地球における最大級のバンドとなったColdplayは、かつて「Yellow」で〈Look at the stars〉と歌いながら想いを馳せていた宇宙を、20年以上が経った今でも変わらずに見つめている。
徹底的にポップに開かれた、Coldplayによる“スペースオペラ”
通算9枚目となるオリジナルアルバム『Music Of The Spheres』は架空の惑星系である“The Spheres”を舞台としたコンセプト作品であり、全12曲がそれぞれ、この惑星系を構成する要素の一つひとつに対応している(本作のプロモーションとして始動した『Alien Radio FM』のウェブサイトでそれぞれの姿を見ることができる/※1)。クリスは本作の制作について『スター・ウォーズ』からインスパイアを受けたことを語っており(※2)、言わば本作はColdplayが創り上げた新たなスペースオペラというわけだ。前述の「Higher Power」、そして続く「My Universe」のMVはこの“The Spheres”を舞台とした物語となっており、今後も様々な形でこの世界観が形作られていくことになる。
これまでのColdplayのディスコグラフィを辿ると、(特に『美しき生命/Viva la Vida or Death and All His Friends』での世界的大ブレイク以降は顕著に)前作に対する反動が次の作品に表れるという傾向を見ることができる。それは静と動、あるいは内省と開放といった相反する性格を反復するサイクルのようでもあり、今作もまた、人種差別や銃社会、難民といった社会問題と向き合い、ラフな質感の楽曲を織り交ぜながら作品全体を地に足の着いたトーンにまとめた前作『Everyday Life』の反動を強く感じられる仕上がりとなっている。アルバム全体のプロデューサーに現代のメインストリームを象徴する存在であるマックス・マーティンを迎え、セレーナ・ゴメスやBTSといった著名なポップアーティストをフィーチャリングし、プロモーションにTikTokを活用するなど、その姿勢はもはや徹底しているとも言えるだろう。だが、その反動が最も強く表れているのは、作品全体を通すメッセージだ。今作において、Coldplayは徹底して、無条件に「あなた」をすべて肯定する。そして、そのために彼らは宇宙という「視点」を必要としたのではないだろうか。収録楽曲を一つひとつ紐解きながら、その背景を探っていきたい。
宇宙からの交信を受信する場面を描いたようなオープニングの「⦵」(本作には絵文字をタイトルに冠した楽曲が計5曲収録されている)を経て、「Higher Power」がColdplay流スペースオペラの幕開けを派手に飾る。煌めくようなシンセサイザーの音色と、力強く疾走するリズム、そしてColdplay最大の魅力とも言える、空間をすべて包み込んでしまうかのような美しく、優しく、壮大なメロディが即座に聴き手を本作の世界観へと引き込んでいく。楽曲のテーマは、長い間彷徨っていた自分を救ってくれた「あなた」への感謝と愛情であり、一切の迷いなく、全力で相手を肯定する。このようなテーマはこれまでの彼らの作品群でも描かれてきたが、舞台を宇宙に設定することで、主人公の孤独感がより一層に強調され、また肯定することによるポジティブなエネルギーも(MVが描くように)さらに大きく、そして普遍的なものとして感じられる。
「Higher Power」の勢いのまま、アルバムはより力強いドラムを打ち鳴らしながら、80年代のスタジアムロックを想起させるような大胆極まりないシンセサイザーのフレーズが炸裂する「Humankind」へと突入する。リリックのスケールも膨れ上がり、地球とは異なる惑星を旅しながら〈We’re only human/We’re capable of kindness/So they call us humankind(私たちはただの人間=humanだ/でも私たちには優しさ=kindnessがある/だから彼らは私たちのことを人類=humankindと呼ぶのだろう)〉と、宇宙目線で人類を丸ごと肯定してしまう。
このスケールこそ、彼らが今必要としていたものなのではないだろうか。本作のインタビューにおいて、クリスは「人々は元気が出るものを必要としていたと思う」(※3)と語っていたように、パンデミックを経て、シリアスでヘヴィな内容をこれ以上受け付けづらいムードが世界を覆い、一方で楽観主義に振り切るのも非現実的に思える状況の中で、彼らはポジティブなメッセージを多くの人々に伝えるため、フィクションという手段を手に取った。地球上で何か表現をしようとすると、たとえ本人が本気だとしても、どうしても発信者の立場がノイズとなってしまう。だが、物語を通してであれば、もしかしたら普遍的なメッセージを提示することが出来るかもしれない。
インタールード的な位置付けの「*✧」を経て、アルバムはじっくりと聴かせるパートへと切り替わる。セレーナ・ゴメスとのコラボ曲である「Let Somebody Go」は愛の持つ痛みを描いたピアノバラードで、二人の歌声の美しさに魅了されるが、続く「♡」では、We Are KINGとジェイコブ・コリアーを招き、なんと歌声のみで楽曲を構築するという大胆な試みに挑んでいる。この2曲の流れでは、愛の持つ重さと向き合った上で、それでもなお心が守られることを願う切実な感情を描いているが、そのような人間の本質と向き合い、あらゆる要素を削ぎ落としていった結果として、やがて声だけが残ったのかもしれない。ゴスペルのようにも響く同楽曲は、筆者個人としてはアルバムのハイライトにも感じられるほどに美しい瞬間である。