Awich、BAD HOP、JP THE WAVY……ヒップホップ、ラップにおける重要人物たちの活躍 クロスオーバーが促すシーンの活性化
一方で、先日公開されたKMプロデュースの(sic)boy「Last Dance feat. Wes Period」も注目に値する。LAのラッパーWes Periodをフィーチャーしたこの曲のメロウなギターに始まるサウンドは、曲中に引用もあるジュース·ワールドに代表されるようなUSエモラップと、それ以降の「エモ」に特化したロックミュージック成分の強いサウンドであり、近年で言えばむしろマシンガン・ケリー「I Think I’m OKAY(with YUNGBLUD & Travis Barker)」などの横に並べてもいいような、国内シーンの中でも貴重な感覚を持った作品といえるだろう。
またKMというプロデューサーも、自身のサウンドにおいて、トレンドと作家性のバランスを取り、ジャンルを越境してきた人物である。今年リリースされたアルバム『EVERYTHING INSIDE』がそんな作家性を象徴するような、多彩でコンセプチュアルな作品であったのも記憶に新しい。彼の作品もまた、他ジャンルのリスナーを振り向かせ、取り込むほどの力と強度を持った音楽なのだ。
他ジャンルからのインスピレーションとクロスオーバーによる音楽性の広がりという意味で今年の代表的な作品としてはKID FRESINO『20,Stop it.』も無視できない。USインディーバンド・Bon Iverのライブパフォーマンスに刺激を受け制作されたというこのアルバムでは、カネコアヤノや長谷川白紙など、他ジャンルのアーティストと積極的にコラボレーションをし、ジャンルの型にはまらないオルタナティブ性を彼が持ち合わせているということを証明する。そのサウンドの探求により、彼の音楽が普段J-POPやインディーミュージックを聴いている人の耳にも届いているのであれば、これほど幸福なシーンの交差はない。同時に彼は、BAD HOPのT-Pablowと共に、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の主題歌に起用されたばかりである。
ここに紹介したアーティストたちは皆、限られた一部のジャンルのリスナーを対象にした音楽は作っていない。多くのファン層を取り込む多様な音楽性の追求は、同時に他ジャンルを横断するアーティストたちの越境的な活動にも繋がっている。それは、日本とアメリカでもいいし、インディー音楽とラップミュージックでもいいし、あるいは、STUTS & 松たか子with 3exes「Presence」のように、地上波の恋愛ドラマとラッパーでもいい。海外シーンや他ジャンルのリスナーからお茶の間にまで広がることで、サウンドのグローバル化と多様なクロスオーバーはその成果を上げていると捉えて間違いないだろう。それは、ストリーミングの浸透や、先にも示したいくつかの境を曖昧にするような柔軟なフックアップとヒットによる、シーンそのものの活性化と言うこともできるかもしれない。我々は今、コアなラップミュージックが何万回も再生され、メインストリームとアンダーグラウンド両方に通用するような音楽性を持つアーティストがテレビに出たり、単独で武道館のステージに立つ、そんな時代を生きているのだ。
日本におけるヒップホップカルチャーの歴史は、言語と当事者性の葛藤の歴史であったといえるし、現在においてもそこに向き合わなければいけない場面も確実にあるだろう。ただ同時に、それぞれの個性を際立たせ、サウンドとしての音楽を追求することで、そこから変わる景色も確実に存在するという事実も無視することはできない。それは現在進行形のラップミュージックシーンの中で、着実に実を結び始めている。