mekakushe『光みたいにすすみたい』インタビュー
mekakushe、生きやすくなるために行き着いた答え 「私は光になりたいんだって」
mekakusheが初のフルアルバム、『光みたいにすすみたい』をリリースした。当初は『光みたいにすすめない』というタイトルを考えていたところ、彼女が自分の本心と向き合い、『光みたいにすすみたい』という名前に変更したという本作。そのエピソードが、このアルバムの全てを物語っている。淡い光に包まれるようなサウンドと、痛みや悲しみの向こう側にある光へと向かっていくような歌詞。本作の言葉と音には、作り手の不安と願いがこれでもかと詰まっている。これは傷だらけの自由についてのアルバムだ。
ヒットチャートから現在のトレンドを分析していったという彼女は、本作で開かれたメロディとリズミカルなサウンドを会得している。「ばらの花」の前向きなリリックも印象的で、抒情的な鍵盤と柔らかい打ち込みの音が融和した、儚くも暖かい音楽である。「好日日和」や「空中合唱」、「箱庭宇宙」や「もしものはなし」といったミッドテンポの曲も素晴らしく、作り手の充実した心持ちが反映されている印象だ。新作に込めた思いを、mekakusheに語ってもらった。(黒田隆太朗)
「一番自由なものは“光”」
ーー柔らかい光が差し込むような、まさにタイトル通りのアルバムだと思います。
mekakushe:最初はタイトルを『光みたいにすすめない』にしようと思っていたんです。めちゃくちゃ明るい曲ではないし、「すすみたい」という言葉はmekakusheには似合わないんじゃないかって思って、一度は『光みたいにすすめない』で納品もしていました。
ーーでも、最後には本心が出てきた?
mekakushe:やっぱり光みたいに進みたいという気持ちが、作っている時からずっとありました。今ではこのタイトルにして本当に良かったなって思いますし、自分にとって光みたいな作品にしたいです。
ーーmekakusheさんにとって、光ってどんなことの象徴ですか。
mekakushe:生きている中で、生きづらさを感じることがすごくあるんです。でも、ただそう思っているだけではなくて、生きづらくなくなるにはどうすればいいんだろうって考えるようになって。その答えとして見つかったのが“自分を解放する”ってことでした。そして、一番自由なものってなんだろうって考えた時、それが“光”だなと。
ーーなるほど。
mekakushe:あの人みたいになりたいとか、自分はあの子とは違うとか、そういうことをよく考えるんですけど、それって特定の誰かを思っているわけじゃなくて、自分じゃない誰かだったら誰でもいいんですよ。で、そういうことを考えるのは違うなって思った時に、私は光になりたいんだって気づきました。
ーーそうした気持ちが込められた作品に関して、作曲の段階で意識したことはありますか。
mekakushe:ヒロネちゃんって名前でやっていた時からすると、アップテンポの曲がすごく増えました。人に聴いてもらうためにはどうしたらいいんだろうとか、サブスクで回してもらうにはどうすればいいんだろうってことを考えるようになったんですよね。アップテンポで言葉がたくさん詰め込まれている曲がトレンドだと思ったので、そういうテイストは意識して作りました。
ーー「わたし、フィクション」はまさにそうした楽曲です。
mekakushe:「わたし、フィクション」はめちゃくちゃ狙って作っています。「わたし、フィクション」と「想うということ」が再生回数のツートップなんですけど、この2曲はたくさんの人に聴いてほしいって気持ちで作ったので、思惑通りになって良かったです。昔はピアノと歌だけで演奏するのが自分のやりたいことで、アレンジがつくと自分の意図から逸れてしまうと思っていたんですけど、最近はそのギャップがなくなってきました。音楽に対する許容範囲が広がって、器が大きくなった気がします。
ーー視界が開けていくようなサビが印象的ですし、より多くの人に届けたいという気持ちは作品によく表れていると思います。
mekakushe:去年の3月に大学院を卒業して、これから音楽でやっていこうってなった時、今まで通りやっていたら聴かれなさ過ぎるって思いました。昨年はコロナウイルスが流行して世界的に内向的になっていく中、私もちょうど実家を出て一人暮らしを始めたので、誰とも会えない時期が重なって。元々出不精なんですけど、家の中で考える時間が増えたんですよね。そこでなんのために音楽をやっているんだろうって考えて、やっぱり聴かれないと意味がないって結論に辿り着きました。
ーーそのためにインプットしたものはありますか?
mekakushe:日本のトップチャートやプレイリストを毎日聴いて、どういう曲が流行っているのか研究していきました。あとは周りの宅録の友達にボカロ出身の人が多いので、ボーカロイドの曲や、打ち込みが得意な人の曲もよく聴いていましたね。私は元々速い曲を作るのが苦手だったので、いろんな曲を聴いて、どうやったら自分の良さを残したまま聴きやすい曲を作れるのか、アレンジャーの野澤翔太と打ち合わせしながら作っていました。
ーーそのひとつが先ほどの言葉数の多い歌ということですね。
mekakushe:私の歌詞は五・七・五で作られているものが多くて、韻を踏んでいるんですよね。そうやって作ることでリズミカルに聴こえるし、速いアレンジが合う曲になるんだなって思いました。
ーー今回アレンジャーとのコミュニケーションで、印象的だったものはありますか。
mekakushe:「ばらの花」は野澤さんがあげてくれた最初のアレンジが美しくまとまっていたので、今までだったらそれで行こうってなってたんですけど、今回は弱いと思って直してもらいました。聴かれるためにやっているので、これじゃ聴かれないと思ったんです。もう少し音で工夫したり、リズムをつけた方がいいんじゃないかって話をして、今入っているタッチタイピングの音ができました。最初の状態に比べて、リズミカルになったのが「ばらの花」です。
「クラシックとaikoさんしか聴いてこなかった」
ーー新しい環境になったことで、自分の音楽に影響したことはありますか。
mekakushe:昨年の4月に「箱庭宇宙」って曲をリリースしたんですけど、あの曲は新しい生活の中で出来た曲でした。「箱庭宇宙」からレコーディングも全部自分でやるようになって、声を初めて自分で録りました。
ーーそれによる手応えはありました?
mekakushe:機械音痴なので最初は難しかったんですけど、1年間やってきて歌録りは完璧に出来るようになりました。今までだったらRECスタジオに入って、レコーディングを誰かにしてもらっていたわけですけど、自分としては歌っているところを誰かに見られることが苦手だったんです。それこそ、もう1回録りたいと思っても気も使うじゃないですか。
ーーそうですね。
mekakushe:自分の家では歌い尽くせるというか、もう1回歌いたいと思ったらいつでもやり直せるので。「ばらの花」も1回録った後に、なんか違うと思って全部録り直したので、リモートのレコーディングは自分に向いていると思います。
ーーmekakusheさんは歌詞と曲はどちらから書いていくんですか?
mekakushe:詞先です。私は2万字くらいストックを書いていって、その中から言葉を選んで作っていきます。なので伝えたいことはたくさんあるし、言いたいことはもっといっぱいあるんですけど、小説ではないので。どこに持ってきたら効果的に響くのかを考えて書いていきます。
ーーどの曲もメロディラインが綺麗ですが、ご自身のメロディはどういうところから影響を受けていると思いますか。
mekakushe:唯一影響を受けていると思うのは、aikoさんです。私はクラシックの学校に行っていたので、音楽はクラシックしかないと思っていたんですよ。クラシックが良いって洗脳されていましたし、テレビで歌謡曲ってものを知っても、あんまり良いなって思わなかったんですよね。でも、そんな中でも小さい時から好きだったのがaikoさんの曲で、私はクラシックとaikoさんしか聴いてこなかったです。音楽だけじゃなくaikoさんのファッションや言葉が好きですし、曲を作る際に特に意識しているわけではないですが、潜在的に影響を受けていると思います。
ーークラシックはご自身の今の創作にも影響していると思いますか?
mekakushe:思います。アレンジがつくとポップスになるので、なかなかクラシックの色は出ないと思うんですけど、1曲目の「好日日和」はオールピアノの弾き語りになっていて、この曲には影響が出ています。武満徹という日本の作曲家が大好きで、高校の卒演でも弾いたんですけど、「好日日和」は武満徹の「リタニ」という曲の和声で作りました。
ーーなるほど。
mekakushe:「好日日和」に関しては、姉がウィーンに住んでいて声楽をやっているので、彼女にこの曲を聴かせてみたんですけど。そうしたらラヴェル(モーリス・ラヴェル)とかドビュッシー(クロード・ドビュッシー)とか、フランス音楽っぽいって言われたんですよね。武満徹を意識したのになんでだろうなって思ったら、武満徹がフランス音楽から影響を受けているんですよ。それで私が大学院でフランス音楽を専攻していたのも、たぶん武満徹っぽいから好きだったんだと思って、影響を受けているものが繋がっていくのが面白いと思いました。