『PINOCCHIOP BEST ALBUM 2009-2020 寿』リリース記念対談

ピノキオピー特別対談①:DECO*27と語り合う“ボカロの過去・現在・未来”

 ボカロPのピノキオピーが、初のべストアルバム『PINOCCHIOP BEST ALBUM 2009-2020 寿』を本日3月3日にリリースした。ニコニコ動画で巻き起こったボーカロイドシーンの隆盛、その黎明期に登場したピノキオピーの活動の集大成的な作品として発表された今作は、3枚組全37曲を収録。37曲の動画全ての総再生回数は1億回を越え、まさにピノキオピーの歴史がコンパイルされたベスト盤となっている。

 リアルサウンドでは、このベスト盤のリリースに合わせ“ピノキオピー自身が語り合いたい”と挙げた3名のクリエイターとの対談をセッティング。その第1弾として、同じく黎明期からボカロシーンを引っ張ってきたDECO*27を迎え、当時の思い出はもちろん、これからのボカロの未来について語り合ってもらった。(編集部)

長く活動するがゆえに立ちはだかる“過去の自分”

ーーお二人はもともと<U/M/A/A>のレーベルメイトだったわけですが、いつ頃から交流があるのですか?

DECO*27:ちゃんと会ったのはピノさん(ピノキオピー)がU/M/A/Aの所属になったタイミングだけど、その前にも……。

ピノキオピー:ボカロPが20〜30人ぐらい集まった飲み会があって、そこで顔を合わせたのが最初でしたよね。あれは2011年ぐらいかな。あの頃はまだ、僕自身にボカロPとしての自我があまりない状態だったので、何を話したかはそこまで覚えてないんですけど(笑)。

DECO*27:そうだったんだ(笑)。

ピノキオピー:その後に僕がDECOさんと同じ事務所に入り、レーベルメイトになって。<U/M/A/A>のメンバーでバーベキューをしたとき、初めてDECOさんと作品についての話をした気がする。あとはお互い家電好きなので。会うと「この家電が良かった!」みたいな話をしたり。

DECO*27:ピノさんの仕入れる家電情報は信用してるので、ピノさんが良かったと言ってた家電は自分も結構買っているかもしれない(笑)。

ーーDECO*27さんは2008年10月、ピノキオピーさんは2009年2月にボカロ動画を初投稿したので、ボカロPとしてのキャリアもほぼ同じぐらいなんですよね。

ピノキオピー:でも、僕からするとDECOさんは先輩なんですよ。僕が活動を始めたときには、DECOさんはすでにボカロでブイブイ言わせていたので(笑)。

DECO*27:(笑)。その時期はまだ「愛言葉」も「二息歩行」(どちらも2009年)もアップしてないからね。「恋距離遠愛」(2009年)ぐらいかな?

ピノキオピー:でも、1曲目(「僕みたいな君 君みたいな僕」)の時点で初投稿とは思えないほど洗練された音だったから、僕からするとプロの人がやってるのかなと思ったぐらいで。逆にその頃の僕は音楽的な知識があまりなかったので、2009年頃に上げた曲は和音とかもぐちゃぐちゃなんですよね。最近になってようやく曲っぽくなってきたというか。

DECO*27:いや、さすがにもっと前からでしょ(笑)! 僕としては、ピノさんはずっとボカロをやり続けているイメージがあるな。当時から(初音)ミクの楽曲をコンスタントに上げてる人って、僕が知っている限りではそれほど多くないから。僕も途中で1〜2年ぐらい、外の仕事をしていてボカロに触れていない時間があったので。

ーーDECO*27さんがおっしゃる通り、ピノキオピーさんは10年以上に渡ってボカロ楽曲を発表し続けてきたわけですが、今回、その集大成となる初のベストアルバムをリリースしようと思ったのは、どんな考えがあってのことだったのですか?

ピノキオピー:2021年と言うと、10年以上前から活動している僕らからしたら未来なわけで、これまでに自分がまだやってないことは何だろう? と考えたときに、ベスト盤を出してなかったなと思って。それと去年『マジカルミライ 2020』のテーマソング(「愛されなくても君がいる」)を作らせていただいたんですけど、僕にとってこの曲は到達点の一つという気持ちがあったんです。なので自分のキャリアを振り返る良いタイミングかなと思い、ベスト盤にまとめることにしました。

ーーCD3枚組となる本作には、Disc1:紅とDisc2:白に、ピノキオピーさんがこれまで発表してきた楽曲から代表曲を中心に26曲を収録。Disc3:金にはDECO*27さんを含む豪華アーティスト陣によるリミックスが11曲収められています。収録曲に関してはどのような基準でセレクトしましたか?

ピノキオピー:本当は全部好きな曲なので、5枚組ぐらいにして全曲入れたかったんですけど、それでは意味がわからなくなると思って(笑)。なので各楽曲のキャラクターとしてのバランスを考えつつ、アルバムとして聴けるように選曲しました。あとは単純によく聴かれている曲、ファンの人から好評な曲という基準でも選んでいます。僕は発表している曲が多いので、よく知らない人は入りにくいと思うんですよ。だからその人たちにとっては入門編として、僕にとっても名刺代わりになるものを意識しましたね。

DECO*27:ベスト盤用にミクの調声を直したりはしてるの?

ピノキオピー:結構してます。それこそ初期の「eight hundred」(2009年)は10年以上前の曲になるので。この曲は今回<EXIT TUNES>からリリースしたメジャー1stアルバム『Obscure Questions』(2012年)に入っているバージョンを収録しているんですけど、声が古かったので、今のミクの声に変えてミックスから全部やり直しました。

DECO*27:「eight hundred」はズルいよね。たしかこの曲でピノさんのことを知った気がする。

ピノキオピー:そうなんだ! その話は初めて聞いたかも。

ピノキオピー - eight hundred feat. 初音ミク

DECO*27:僕は歌詞に特徴があるので、そこに関しては昔から自信があったけど、「eight hundred」を聴いた瞬間にヤバい! と思って(笑)。ピノさんの作品は常にチェックしてるけど、毎回「やられた!」って気持ちになるんですよね。僕が書く歌詞は、自分と誰かの間にある気持ちを主観で表現するパターンが多いけど、ピノさんは自分と誰かを近くから見て、その現象について書くことが多い。だから僕とは視点が違うんです。歌詞にギミックを入れたり、面白い言葉遣いをしようという気持ちはお互い似てるけど、ピノさんが書く歌詞を見ると、他の人が上手いことを言っているときよりも悔しくなるんですよ。

ピノキオピー:嬉しい。僕は僕で、DECOさんの歌詞の主観で関係値を書くパフォーマンスは絶対にできないと思ってます。素直に自分の気持ちが乗ることの羨ましさがある。僕は俯瞰で書くことでごまかしてるじゃないけど(笑)、お互い得意技があるんだと思います。DECOさんの歌詞はポップな言い回しや印象に残るフレーズがたくさんあって、メロと歌詞の組み合わせもすごいし、その組み合わせで毎回高得点を叩き出してくる感じが鮮やかすぎるんです。

DECO*27:嬉しいなあ。ピノさんはもともと持つスキルに、今までの経験値を生かした戦略を練り上げて作られる曲が個人的に大好きなんです。最近だと「ラヴィット」(2020年)を聴いた時にそれを感じて。僕もピノさんも長い間活動しているから、どうしても動画のコメントやみんなの反応が自分の中に浸み込んでいくんです。「これをやるとみんなが喜んでくれる」と意識してしまうから、過去に書いた曲と同じようなことをやるようになっていくことがあって。なのでそこからの出口を探すんですけど、ピノさんはそれを考え抜いた結果、めちゃめちゃ良い仕上がりになってるんですよね。

ピノキオピー:そこを感じてもらえていて嬉しいです。僕自身もDECOさんの曲から、(リスナーに)喜んでもらえるビジョンがあったうえで、そこに甘んじることなく毎回チャレンジしていることを感じてます。同じ場所に安住することなく次の一手を探し続けるのは、創作を続けるうえでは苦しいですけど、それをやり続けているのがとても真摯だと思います。

DECO*27:そう。長いこと活動していると、過去の自分の曲が壁になって立ちはだかってくるんです。僕がそれを一番最初に感じたのが「モザイクロール」(2010年)で、しばらく“「モザイクロール」の人”っていう認識が続いていたんですけど、「ゴーストルール」(2016年)でそれを更新することができた。だから6年ぐらいかかったんですよね。その後は「ゴーストルール」が壁となり、今度は「乙女解剖」(2019年)がまたたくさんの人に聴いてもらえて。なので今は「乙女解剖」が壁になっています(笑)。

DECO*27 - 乙女解剖 feat. 初音ミク

ピノキオピー:壁が生まれ続ける、その感覚すごくわかります。でも“「モザイクロール」の人”という言われ方はまだよくて。僕の場合は「腐れ外道とチョコレゐト」(2011年)がそれにあたる曲だったので、“「腐れ外道」の人”だったんですよね(笑)。

DECO*27:知らない人が聞いたら「あの人、腐れ外道なの?」ってなるよね(笑)。

ピノキオピー:ある意味そうなんですけど(笑)。でも、そこから数年経って「すろぉもぉしょん」(2014年)という曲ができて。少し話がそれますけど、「腐れ外道とチョコレゐト」は、当時のボカロシーンは攻撃的なニュアンスの入った高速ロックが受け入れられやすい土壌があったので、そういうものを意識的に作っていたんです。なのである意味、公に向けたものというか、僕の気持ちは半分ぐらいしか入っていない。でも、「すろぉもぉしょん」は自分自身が100パーセント入っている。それで「腐れ外道」の壁を超えることができて安心しました。

DECO*27:過去の曲に勝つのは難しいよね。

ピノキオピー - すろぉもぉしょん feat. 初音ミク / SLoWMoTIoN

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