GEEKが明かす、活動休止の理由と再始動に至った背景 音楽か家庭かーー3人がたどり着いた日常のリアル

GEEKが明かす、活動休止の理由と再始動に至った背景 音楽か家庭かーー3人がたどり着いた日常のリアル

 2000年代中後期、YouTubeへのMVのアップは現在よりもプライオリティは高くなく(現在ほどスマホが発達していなかったことも要因に挙げられるだろう)、それよりもミックステープやフリーダウンロードなどの新興カルチャーの中で、ニューカマーが数多く登場してきた時代。その隆盛の先鞭をつけた一つに、SEEDAとDJ ISSOが手掛けたミックスCD『CONCRETE GREEN(以下、CCG)』の存在は欠かせない要素になるだろう。その中にはSCARSやSD JUNKSTA、DOWN NORTH CAMP、田我流、PUNPEEなど、現在でも活躍を見せるアーティスト達の作品が収録され、シーンから注目されるきっかけとなった。

 そして『CCG』への収録から注目を集め、シーンの中心に躍り出たグループとしてGEEKの名前を挙げることに異論を挟むリスナーは少ないだろう。OKI/SEI-ONE/DJ EDOの3人で構成されるこのユニットは、『CCG』への収録以降、グループとして『LIFESIZE』『LIFESIZE II』をリリースし、OKIとSEI-ONEはソロとしても作品をリリース。作品のクオリティやパフォーマンスも含め、次世代を担う存在と期待されたグループだったが、残念ながら活動は沈黙。未発表集『LIFESIZE ZERO』のリリースはあったものの、シーンからは離脱し、表立った活動もほぼ無く、ストリートヒップホップブームの中に生まれた幻像のようなグループとなっていた。

 しかし2020年、12年ぶりとなるアルバム『LIFESIZE III』を引っさげてシーンに帰還したGEEK。その内容は過去作と同じように生活の眼前にある事実をテーマにすることは変わらないが、その生活様式や現在の心情や状況の変化によって、「市井のいち生活者」としての視点が強くなり、その二度目の1stアルバムのような経験に基づいたリアリティは、より多くに人に届くことになるだろう。

 パーティに明け暮れるような内容でもなければ、ヒリヒリするようなスリルも、拝金主義もない。しかし「生きること」を語るこのアルバムは、まさしくヒップホップだ。(高木”JET”晋一郎)

「SEI-ONEの中には、OKIに対してちょっと“つっかえてる気持ち”があった」

ーー12年ぶりにGEEKが動き出したのには、なにか大きな理由はあったんでしょうか?

DJ EDO: きっかけは……成り行きですかね(笑)。

ーー僕自身、GEEKにインタビューするのは12年ぶりなんで、もうちょっとドラマティックな復活劇を今から作ってもらってもいいですよ(笑)。

DJ EDO:ハハハ。でも本当に決意めいたものはないんですよね。ただきっかけという意味では、2015年冬のSEI-ONEの脳腫瘍発覚は大きかったですね。

SEI-ONE:幸い、その手術は成功して、その翌年の夏ぐらいからリハビリがてら、EDOとよく会うようになったんですよ。

(左からDJ EDO、SEI-ONE、OKI)

ーーそれまではGEEKでは会ってなかった?

OKI:時々は会ってたんですけど、チラッと会うぐらいで頻度は全然高くなかったですね。もちろん制作とか復活みたいな話もしなかったし。

DJ EDO:SEI-ONEの中には、OKIに対してちょっと「つっかえてる気持ち」があったんですよね。それはGEEKの活動休止に至る理由だったりもするんですが。そういう気持ちがSEI-ONEのなかにあるのは分かってたんで、ちょっと改めて3人で会おうって。それで改めて3人で気持ちを話し合って、「つっかえてるもの」は解消したんですが、そこで「じゃあGEEK復活だ!」みたいなことにはならず、「SEI-ONEのリハビリも兼ねて、ちょっとスタジオに入ってみる?」っていう軽い感じで始まって。

OKI:それが2017年。気持ちとしては「おやじバンド」ですよね(笑)。

DJ EDO:でも、そこで何かは変わるんじゃないかなって。

SEI-ONE:それが今回のアルバムに至るまでの始まりと言えば始まりですね。

SEI-ONE

ーーYouTubeチャンネル「ニートtokyo」の中でもそのニュアンスの話はぼんやりとした形ですが話していましたね。SEI-ONEくんの中でのわだかまりというか、「つっかえてるもの」は具体的には?

SEI-ONE: 僕がソロアルバム『好きもん』(2010年)をリリースして、直後にブログで活動休止宣言をしたんですよね。やっぱりそれは自分の中でもわだかまってて。

ーーあのタイミングでなぜ活動休止を「表明」する必要があったんでしょうか? メジャーで活動している訳でもないから、活動を休むことを大っぴらに表明する必要はなかったと思うし、正直、ラッパーと大仁田厚の引退は誰も信用しない訳だし(笑)。

SEI-ONE:家族の問題が大きかったんですよね。僕はその時点で家庭がすでにあったんですが、色々あって、音楽を取るのか、家庭を取るのか、っていう状況になってしまって。それで僕には家族が必要だったんで、そこで活動休止を宣言したんですよね。だから、GEEKと家庭を天秤にかけた上で家庭を取ったっていう負い目がGEEKに対してはあったし、自分のワガママで二人を振り回してしまったっていう申し訳ない気持ちがずっとあったんですよね。以降も3人で会うことはあったんですけど、音楽の話はちょっとタブーになってたというか。

OKI:2010年当時、結婚してるのがSEI-ONEだけだったんで、やっぱり家庭もない身としては「なんだよ、それ」っていう気持ちも正直ありましたね。だけど、自分も結婚して子供も出来て、っていう状況になると、SEI-ONEの気持ちはスゴくよく分かるようになって。

DJ EDO:ただ、SEI-ONEがGEEKを優先したことで家庭がうまく行かなくなったりしても、俺たちがSEI-ONEの面倒を一生見るなんてことはないわけだから、そこは家庭を優先して欲しいというのは思ってましたね、それは当時にも。

ーーそれ以降は、OKIくんもソロなどの動きもなくなりました。

OKI

OKI:その時期には『ABOUT』に続くソロ作を作り始めていたんですが、リリックが書けなくなってしまって。ありがたい事にライブには色々声を掛けてもらって、ソロでもライブをしてたんですけど、リリックが書けないから新曲を作れないし、毎回同じ構成で、同じ曲をやるっていう状況が続いてしまって。それで新しい作品が出来るまでライブ活動を止めようと思ったら、完全に作品が作れなくなってしまったんですよ。

ーーそこまでリリックが書けなくなったのは?

OKI:書くには書けたんだけど、でもそれが自分にとって全く刺激じゃなかったし、面白いと思えなかった。それで「いま浮かんでるような使い回しのトピックじゃ絶対に飽きられるだろうな」とか色々な考えが浮かんで、制作に全く集中出来なくなってしまったり、そんな作品は新作として出す必要はないなって。当時は、音楽だけで生活出来る状況にはあったんですけど、年に一枚アルバムをコンスタントに出して、ライブも続けてってことが、果たしてそれを続けていけるのかなっていう不安もあったり。ちょうど30歳になる時期でもあったんで、そういう現実に向き合った時に、ラップに対するモチベーションが落ちてしまって。それでラップ自体を止めてしまったんですよね。SEI-ONEからはコンスタントにトラックが送られてきてて、そこで成長してるんだなとかは感じてたんですけど、自分には「いいね」「かっこいいよ」ぐらいの反応しか出来なくて。

DJ EDO:それもSEI-ONEはちょっと気にしてたみたいなんですよね。

SEI-ONE:「あんまり送らないほうがいいのかな……迷惑かな……」とか。打たれ弱いんで(笑)。

DJ EDO:返信がなかったりしたらちょっと病むみたいな(笑)。

OKI:仕事が忙しかったりして、返信出来なかったりしただけで、そこに意図は全く無かったし、SEI-ONEが活動休止したことに対してわだかまってたなんて、全く考えても無かったから、SEI-ONEにその話を聞いて「え、そうだったの?」みたいな(笑)。でも実際、「格好いいビートだね」って反応しても、そこにラップが書けない自分、その先に進めない自分がいたから、返事が滞っちゃったって部分はあると思いますね。

DJ EDO

ーーEDOくんは2010年ぐらいの時期には、GEEKをどう見てましたか?

DJ EDO:活動休止の宣言をSEI-ONEがしたぐらいの時期は、早く活動できるようにしなきゃとか、これからどう動くべきかとか、焦りは感じてましたね。だからGEEKの復活のタイミングは考えてた時もあったんですけど、そこで無理してたら、いまのGEEKはなかったんじゃないかなって。でも、GEEKとして活動したいっていう気持ちはあったんで、その日が来るためにはどうしたら良いのかなとか、無理にならないような活動はどうしたら出来るのかなってことは考えてましたね。

ーーある種、客観的な視点を持って構えてたというか。

DJ EDO:そうですね。その間はEMI MARIAのバックDJや、SEEDAのマネジメントを手伝ったりとか、シーンから離れることはしてなくて。

ーーそこで伺いたいんですが、OKIくんとSEI-ONEくんはシーンからは離れたと思うんですが、シーンの動向は見てましたか? というか、ヒップホップは聴いていましたか?

OKI:俺は正直、ほぼ聴いてなかったですね。やっぱり生活環境が変わったというのもあるし。プシャ・Tだけはなぜか聴いてましたけど(笑)。あとケンドリック・ラマーの新譜が出たら聴くとか。

ーーある意味で普通の音楽リスナーの聴き方というか。

OKI:そうですね。『LIFESIZE II』を出したタイミングって、常にアップデートしないとっていう強迫観念みたいなものがあって、とにかく最先端の音楽や新譜を「勉強」しないといけないって感じだったんですよ。自分が良いと思っても「あれダメでしょ」みたいな意見を聞くと、「あ、そうなの……?」とか。だから、自分の好きな音楽、好きなヒップホップを見失ってた部分があったし、それで音楽を聴くのがつまらなくなったり、モチベーションが落ちた部分があったと思うんですね。そこに環境の変化が追い打ちをかけたというか。ただ2017年にスタジオに3人で入るようになって、改めて色んなヒップホップ、そして「自分の好きなヒップホップ」を聴くようになったら、やっぱり興味は湧いてきたし、ヒップホップもラップもやっぱり楽しいなって。ただ、ヒップホップから離れた時も『フリースタイルダンジョン』は観てましたよ。同い年で、活動してた現場も近かったサイプレス上野くんがモンスターやったり、司会したりするの観て「すげーな」って。職場の後輩にも「俺、サ上の友達だよ」って自慢したりして(笑)。

SEI-ONE:僕は『ダンジョン』ほとんど観たことなかった(笑)。GEEKが動けない間も、自分としてはSD JUNKSTAのWAXくんにトラックを提供したり、ビートはずっと作ってたんで、サンプリングの元ネタも探してたり。ヒップホップもUSのは聴いてけど、もともと日本語ラップはそんなに聴いてなかったものあって、「日本のシーン」は全然追ってなかったですね。SD(SD JUNKSTA)とか親しいアーティストが曲を出せば聴くぐらいで。

ーーなるほど。では2017年に一番最初にスタジオに入った時はなにをやったんですか?

OKI:SEI-ONEの作った新しいビートをEDOがループして、それに合わせてひたすらフリースタイルしてましたね、ずっと二人で。 

SEI-ONE:そのときのビートのCD-Rを見ると……2017年6月っていうのがある。これが一番最初にスタジオ入った時のビートだよね。

DJ EDO:そうだね。確か2017年の4月に3人で会って、じゃあスタジオ入ろうかって話になったから、時期的もそうだと思う。

SEI-ONE:スタジオはマジで超~楽しかった!

OKI:あんなに楽しいと思わなかった……って、マジでおやじバンドの感想だけど(笑)。

SEI-ONE:本人たちが一番楽しんでいるっていうスタイル(笑)。

OKI:運動不足解消って感じだったもんね。おじさんたちのストレス発散って感じで(笑)。

DJ EDO:でも、あんなに興奮して、楽しいって思えたのは、ホントに初めてだったかもね。もし過去にあったとしたら、GEEKの結成ぐらいの時じゃないかな。

ーー「ラップって楽しい」「グループって楽しい」みたいな、非常にプリミティブな感情を覚えたと。

SEI-ONE:目的なく、単純に楽しい、って思いましたね。

OKI:家に帰っても、ひとりでワクワクしてたし、そこでちょっと久々にちゃんとリリックを書いてみようかな、ちゃんと書いたラップを聴かせたいなって気持ちがふつふつと湧いてきたんですよね。それで1ヴァース書いて、次のスタジオの時に、二人に「ちょっと書いたから聴いてみてよ」って、マイクも通さずにラップして。だから高校生の時にやってたのと同じことをやったんですよね。

ーーもともと3人は同級生ですからね。

OKI:SEI-ONEも毎回新しいトラックを作ってきてくれて、俺も新しいリリックを書いて、それにSEI-ONEもラップを書いて……っていう。それが積み重なって、なんとなく形になりそうだから、じゃあアルバムにしてみようか、って。それで『LIFESIZE III』の制作に進んだんですよね。

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