小泉今日子、先鋭性とポップを共存させた音楽世界 サブスク解禁で体験する刺激的なポップワールド

 8月21日に小泉今日子の楽曲が全曲サブスク配信された。

 1982年のデビュー以降、数々のクリエイターとのコラボレーションを繰り返しながら、音楽的な質の高さと大衆性を兼ね備えたポップミュージックを生み出してきた小泉今日子。サブスク解禁に際し、そのキャリアを振り返ってみたい。

 80年代が青春だった人間にとって、小泉今日子は特別な存在である。時代を象徴する最高のクリエイターとタッグを組み、常に変化を繰り返した音楽性。そして何より、自分自身をプロデュースする自立したアイドルとしての在り方は、同じ時代を生きる人たちに大きな影響を与えたのだ。

 1982年の春に「私の16才」でデビューした小泉今日子。当初は、ヘアスタイル、衣装、楽曲のテイストまで、そのすべてが松田聖子のフォロワー、言葉を選ばずに言えば、二番煎じだった。80年代初めの歌謡界は、事務所やレコード会社の人間が全てを決定する世界。絶大な人気を誇っていた松田聖子のスタイルを踏襲することは、当たり前の戦略だった。しかし、小泉のシングルは思ったように振るわず、4枚目のシングル「春風の誘惑」で10位に入るのがやっと。このタイミングで小泉は、自ら髪を切ることを決断、イメージを一新し、「まっ赤な女の子」をリリース。作詞:康珍化、作曲:筒美京平という手練れの職人に加え、当時30才前半だった佐久間正英(BOØWY、GLAYのプロデューサーとして知られるクリエイター)のエレポップ風のサウンドの効果もあり、新世代のアイドルとしての存在感を示した。

 「渚のはいから人魚」で初のチャート1位を獲得した小泉は、後藤次利、銀色夏生などのクリエイターを起用し、既存の歌謡曲、アイドルソングの枠を超えたポップスを作り上げていく。同時代の新しいサウンドをいち早く取り入れた音楽性、自らの意思で行動する女の子像を描いた歌詞、MILK、VIVAYOUなどのカラフルな衣装によって(アイドル初の“刈り上げカット”にしたことも大きなインパクトを与えた)、男女の垣根を超えた支持を獲得したのだ。その最初のピークが、1985年のシングル「なんてったってアイドル」。人気絶頂のアイドルが、〈私はアイドル〉と歌う前代未聞のメタ表現はまちがいなく、小泉今日子にしか実現できなかった。

 80年代後半からは徐々にセルフプロデュースの色合いを強め、アルバム『Hippies』(1987年)には、氷室京介、吉川晃司、アルバム『BEAT POP』(1988年)には小室哲哉、加藤ひさし(ザ・コレクターズ)などが参加。同時代のロックミュージシャン、ポップミュージシャンと交流しながら、自らの音楽性を進化させていく。トレンドに対する鋭いセンスがもっとも発揮されたのが、1989年のアルバム『KOIZUMI IN THE HOUSE』。近田春夫、小西康晴などが参加した本作には、最先端のハウスミュージックをいち早く取り入れ、ダンスミュージックのファンからも大きな反響を得た。

 90年代に入ると、トレンドセッターであり、時代の先端を行くアイドル像から、普遍的なポップス、より深いメッセージを掲げるアーティストへと変貌。そのきっかけとなったのが、彼女自身が作詞、小林武史が作曲・編曲を手がけた「あなたに会えてよかった」(1991年)。小泉、田村正和の共演によるドラマ『パパとなっちゃん』の主題歌として話題を集めたこの曲は、ミリオンセラーを記録。90年代を代表するポップナンバーとなった。

 その後は音楽活動を抑え、女優としての活動が目立っていたが、00年代以降も『厚木I.C.』(2003年)、『Nice Middle』(2008年)と良質の歌モノアルバムをリリース。2012年にはシャンソンをテーマにしたアルバム『Koizumi Chansonnier』を発表。丈青(SOIL&”PIMP”SESSIONS)、さかいゆう、菊地成孔、二階堂和美などが提供した楽曲を美しく、官能的に歌い、シンガーとしての成熟ぶりを実感させた。

 幅広いジャンルのクリエイターと出会いを繰り返しながら、先鋭性とポップを共存させた独自の音楽世界を作ってきた小泉今日子。そのキャリアはそのまま、80年代以降の日本の音楽シーンの変遷とも重なっている。サブスク解禁をきっかけにして、彼女の刺激的なポップワールドを再発見してみてはどうだろう。

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小泉今日子ストリーミング配信サイト
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■刺激的なコラボレーションによる小泉今日子のポップス

刺激的なコラボレーションによる小泉今日子のポップス

・「まっ赤な女の子」
(作詞:康珍化/作曲:筒美京平/編曲:佐久間正英/1983年シングル)

・「天使はおちたい」
(作詞:康珍化/作曲:後藤次利/編曲:後藤次利/1983年アルバム『WHISPER』)

・「渚のはいから人魚」
(作詞:康珍化/作曲・編曲:馬飼野康二/1984年シングル)

・「今をいじめて泣かないで」
(作詞:銀色夏生/作曲:筒美京平/編曲:船山基紀/1984年アルバム『Betty』)

・「マッスル・ピーチ」
(作詞:佐伯健三/作曲:矢野顕子/編曲:佐久間正英/1985年アルバム『Flapper』)

・「なんてったってアイドル」
(作詞:秋元康/作曲:筒美京平/編曲:鷺巣詩郎/1985年シングル)

・「3001年のスターシップ」
(作詞:湯川れい子/作曲:氷室京介/編曲:ホッピー神山/1987年アルバム『Hippies』)

・「Hippies」
(作詞:渡辺えり子/作曲:吉川晃司/編曲:大村雅朗/1987年アルバム『Hippies』)

・「連れてってファンタァジェ」
(作詞:安野ともこ/作曲:細野晴臣/編曲:土屋昌巳/1987年アルバム『Phantasien』)

・「Down Town Boy」
(作詞:小室みつ子/作曲:小室哲哉/編曲:戸田誠司/1988年アルバム『BEAT POP』)

・「Heart of the hills」
(作詞:小泉今日子/作曲:加藤ひさし/編曲:ホッピー神山/1988年アルバム『BEAT POP』)

・「Fade Out」
(作詞・作曲・編曲:近田春夫/1989年アルバム『KOIZUMI IN THE HOUSE』)

・「丘を越えて」
(Produced by 藤原ヒロシ、ASA-CHAN/作詞:小泉今日子/作曲:青木達之、林昌幸/編曲:東京スカパラダイスオーケストラ/1990年シングル)

・「あなたに会えてよかった」
(作詞:小泉今日子/作曲・編曲:小林武史/1991年シングル)

・「女性上位万歳」
(作詞・作曲:YOKO ONO/編曲:高木完/1993年アルバム『TRAVEL ROCK』)

・「オトコのコ オンナのコ」
(作詞:小泉今日子/作曲:奥田民生/編曲:菅野よう子/1996年シングル)

・「Japanese Beauty」
(作詞・作曲:曽我部恵一/編曲:細野しんいち/2003年アルバム『厚木I.C.』)

・「あなたと逃避行」
(作詞:小泉今日子/作曲・編曲:大橋好規/2008年アルバム『Nice Middle』)

・「大人の唄/Une chanson pour les grands」
(作詞・作曲・編曲:菊地成孔/フランス語翻訳:鈴木孝弥/2012年アルバム『Koizumi Chansonnier』)

・「面白おかしく生きてきたけれど」
(作詞・作曲・編曲:小西康陽/2012年アルバム『Koizumi Chansonnier』)

・「潮騒のメモリー」
(作詞:宮藤官九郎/作曲:大友良英・Sachiko M/プロデュース・編曲:大友良英/2013年天野春子(小泉今日子)名義シングル)

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