ホラー作品における“サウンド効力”とは? 『呪怨:呪いの家』から考える音の仕掛け

 配信中のNetflixのオリジナル作品『呪怨:呪いの家』がおもしろい! オウム真理教による1994年の松本サリン事件と翌年の地下鉄サリン事件、1995年の阪神・淡路大震災、1997年の神戸連続児童殺人事件など社会を揺るがした凶悪事件や悲惨な災害を背景としてみせながら、いわくつきの「呪いの家」に漂う不気味な気配をどのように撮るか、そこにこだわって表現している点がすばらしい。

呪怨:呪いの家

 その不気味な気配を感じさせる演出の一つとして、音が効果的に使われている。メガホンをとった三宅唱監督は、もともと音に敏感な映像作家だ。映画『Playback』(2012年)のスケボーの走行音はとても心地良く、路面のちょっとした凹凸で音が変化するところまで細かくとらえていた。また『きみの鳥はうたえる』(2018年)では若者たちがクラブで遊ぶシーンが印象的で、会場内の音楽、人物間の会話の声や聞こえづらさなどが、実際のクラブのなかのようなボリューム感で再現されている。三宅作品は、表現されている音の数々を決して聞き逃してはならない。

 そこで今回は『呪怨:呪いの家』の話題を中心に、ホラー作品の音の効力について考察していきたい。

ホラーにおける電話の音の役割

 『呪怨:呪いの家』でもっとも緊張を走らせる音といえば、電話の着信音である。着信音といっても、現在のスマホのように自分でメロディが設定できるわけではない。黒電話の「ジリリリリリーン」という着信音は、あらかじめ設定された音であり、けたたましく、無機質なものである。特に映像作品のなかで黒電話が鳴ると「受話器を取るまで鳴り止まない」というような妙な強制力を感じさせ、くわえて発信主が分からない匿名性もあってゾワッとさせられる。そういえば筆者も幼少期、ひとりで留守番をしているとき、黒電話の音が怖かった。何の前触れもなくあの音が鳴るものだから、その都度、体がビクついたものである。

 同作では電話が各パートでいろんな役割を持つ。第2話では、同級生たちの罠にハマって心身に傷を負った女子高生・聖美が、罠の仕掛け人のひとりである不良男に指示して、自分の母親を襲わせる。ここで不良男が使う武器が黒電話。実の母親に対する聖美の憎悪感、そして不良男が殴るたびに鳴る電話の「チーン」という音のマヌケさが、その場のカオスを巻き起こす。

 第4話では黒電話が残酷なアイテムとして使われている(内容はご覧になってのお楽しみ)。そこである人物に危害をくわえた男性は、以降、電話の音の幻聴に怯えるようになる。そして音が鳴ると、彼にとって見たくないものがあらわれる。

 黒電話の音で印象深い作品がある。三池崇史監督のホラー映画『オーディション』(1999年)だ。映画の主演オーディションという名目で再婚相手を探す男(石橋凌)が、とんでもない地雷女(椎名英姫)に引っかかるこの作品。ふたりはデートの連絡を電話でやりとりするのだが、石橋凌からの着信を自宅の黒電話前でひたすら待つ地雷女の執着的な様子、そして電話の音に反応するように謎の袋が蠢くところ。つんざくような黒電話の音が、そのあとに起こる阿鼻叫喚の号砲に聞こえる。

 それにしてもなぜホラー作品に電話が重要なのか? 当然ながらホラーに出てくる電話は、友だち同士で長話するためのものではない。電話は、幽霊、死者などの異物と人間を結びつけるアイテムになる場合が多い。かける者、受ける者。本当なら交わるはずのない両者の距離がそれで縮まり、どちらか一方に恐怖が近づいていることをあらわすものである。相手の姿が見えない、という点も効果的だ。三池崇史監督『着信アリ』(2004年)なんかはわかりやすい例である。ホラー作品では、電話の着信音が鳴れば何かが起きてしまう。恐怖の合図がわりなのだ。

 ちなみに『オーディション』は他にも音が異様に怖い。特に序盤、石橋凌が息子と釣りをしているときのリールに糸が捲きあがる音。予感めいたようにその音が鳴るのだが、それは後半、耳を塞ぎたくなるような凶行の音にリンクする。釣りの場面は何気ないが、しかし絶対に見逃してはいけない場面だ。

足音で危険が近づいていることをあらわす

 『呪怨:呪いの家』は新人タレント(黒島結菜)の「私、自宅で誰かの足音を聞いたんです」という怪談話からはじまる。つまり同作は、足音が重要となる。タレントの婚約者(井之脇海)はその足音がする方向へ行ったがために、錯乱し、やがて命を落とすことになる。

『呪怨:呪いの家』予告編 – Netflix

 『エイリアン』(1979年)という人気のSF映画がある。この作品をホラーに位置づけるのは微妙かもしれないが、黒沢清監督は自著のなかで、『エイリアン』にはホラー的演出が丁寧に織り込まれていると述べ、「エイリアンが口を開けて食べようとしている、その間(ま)が怖い。恐怖は間である」といった指摘をおこなった。一方で2作目はその間の怖さがことごとく潰されているといい、「エイリアンが口を開けようとしたときに腕を突っ込んで銃を撃ち込む」「エイリアンの口から第二の口が飛び出したとき、シガニー・ウィーバーが避けた。そこでホラーの敗北を感じた」と語っていた。そういう意味では、『エイリアン』はホラー的作品であるのかもしれない。

 そんな『エイリアン』は、音演出でも秀逸なところが多い。なかでも足音。エイリアンの実体をすぐに見せず、まず足音を聞かせることで緊張感を作る。足音で焦らしながら、乗組員に危険が忍び寄っていることを表現している。記憶に新しいところでは『透明人間』(2020年)でも、姿は見えないのに足音だけ近づいてくる怖さが描かれている。恐怖をあおるにはまず足音から。重要な演出の一つである。

 『エイリアン』の音演出はほかにも、エイリアンの口内の糸引く唾液など粘液系の音が絶妙だった。それが生理的な嫌悪感を生んだ。宇宙船内という舞台設定も良く、基本的に金属音や機械音といった人工的な音ばかり鳴る環境のなか、エイリアンのヌメった感触音が重なることで違和感と不気味さをわきあがらせた。

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