『2020』インタビュー
THA BLUE HERBが残す“2020”の記録と音楽ーーILL-BOSSTINOに聞く、今の思いとライブや日常の変化
「いろんな思いが込められたドラマが全ての街の出会いと別れの間にある」
――2曲目の「STRONGER THAN PRIDE」は〈小さな声だって届く〉というリリックがとても印象的でした。ライブの風景のドキュメントですが、大きな声で叫んでいる人ではなくじっと静かに聴いている人に寄り添うようなリリックになっている。これはどういうモチーフだったんでしょうか。
BOSS:ライブで見える印象的な景色の一つとして、こういう場面はよくあるんですよね。ライブにはいろんな人がいるし、大きい声と身振りで僕の言葉に一つ一つ反応してくれる人もいるけれど、そうじゃなく静かに一人で観て帰っていく人もたくさんいる。どちらも隔てなく大事な存在ですが、俺自身はどっちかというと前者のタイプだから、そういう静かな人たちの思っていることに対してなかなか考えが及ばないようなこともあるんだけど、その人たちが何を考えているのかを俺は知りたいんだよということを伝えたかった。
――この曲で描いているのはライブの風景ですが、この『2020』のパッケージに入ったということで付加される意味合いがあると思うんです。今の日本では社会の中でいろんな運動が起こっていて、ただ、その中で沈黙を守っている人もいる。そういう人に向けたメッセージにも感じました。
BOSS:そう感じとってもらえるとありがたいです。沈黙して見える人も実はいろんなことを考えている。それは俺もわかってる。発言したり発信したりする人たちばかりが力を持っているように思えるけれども、実はそうじゃない。その俯瞰的な視点は、この時代にとても大事なことだとは思うけど、俺はそういう人たちにこそ発言を促していきたいし、掘り起こしていきたい。静かに沈黙を保っているのは、その人のスタイルだとは思う。けれど、ただそこにいるだけで何も発言しなかったら、「その状況に賛成している、肯定している」と取られかねない状況も世の中にはあります。もし我慢してそうしているんだったら、なおさらです。勇気を出して自分から声を発しないと、結局はただそこにいたエキストラになってしまう。ライブの会場でもそうなんです。うるさいやつに対して何も言わず迷惑そうな顔をしているやつがいるのはステージから全部見えてる。でも我慢しているんじゃダメだ、あなたが自分の場所を作らないと状況はそのままなんじゃないかという気持ちは強いですね。ライブもそうだし、SNSもそうだけど、どこにでもそういう場面はありますから。
――3曲目の「PRISONER」は「囚人」というタイトルがつけられています。
BOSS:これは、俺の個人的な仲間とそのまわりで起きた出来事からインスピレーションを受けて書いた曲ですね。コロナうんぬんだけじゃなく、同時進行で様々なことが起きているんだという現実として、今作に入れたかったという思いがありました。
――そして4曲目に先ほどお話いただいた「2020」、5曲目は「バラッドを俺等に」という曲です。この曲もライブをモチーフにした曲ですね。
BOSS:「バラッドを俺等に」は、ライブをやっているときの日常の感じを書きました。ただ、いつもライブの曲を書くときは「これからみんなで盛り上がろうぜ」という曲が多かったんですよ。会場で鳴らすことを想定して。でも、この曲はそういう曲じゃなくて、街から街へ行く途中の風景、改札から改札の間なんかを歌っています。普段、札幌から旅立って、金曜日と土曜日にライブをやって日曜日に家に帰ってくるんです。金曜日の夜にライブをやって、土曜日の昼、みんなに駅まで送ってもらって、そこから次の街にいって、電車の中でいろんなことを考えながら、次のベニューの街に着く。そこにも俺なりの思いは色々あって、今までは掘り下げていなかったので、そこについて歌ってみたかったんです。
――この曲が『2020』を締めくくることで「またライブに行きたい」という感覚と共に聴き終える感じがあります。
BOSS:僕もその感覚で作ってました。かつての日常に愛着があるし、そこに戻りたいという思いもある。この曲を最後に置いたことで、俺たちのライブに来てくれていたような人も、そういう感覚で聴き終えてくれると嬉しいです。
――THA BLUE HERBのライブには、なかなか言葉では伝えづらい唯一無二の興奮や感動のようなものがあると思うんです。BOSSさんはその空間はどういう風に成立していると考えていますか。
BOSS:それはやっぱりお客さんがいてこそなんだと思いますね。俺たちのライブはお客さんの表情とか様子を見ながら進めていくし、そこにめちゃめちゃ影響される。お客さんを扇動してるように見えるかもしれないけれど、俺たちを演奏させてるのはお客さんだと俺はずっと思っています。お客さんのエネルギー、一体感、期待……そういうものが高ければ高いほど、俺たちもそれに応えようとして頭も体力も使うし、パフォーマンスの精度があがっていく。俺たちのお客さんは一対一になろうとして来てくれるし、自分の人生と照らし合わせて聴いてくれる人たちが多いので、そういう意味ではとても恵まれていると思います。
――かつ、ライブの場に集ったお客さんとの化学反応のようなものも、それぞれの街ごとに違うものが生まれるわけですよね。
BOSS:まさにそうです。やっぱり最初に行ったときと2回目のときで1年間くらい間があくことが多いわけですし、それを何年も積み重ねていって、今の自分たちの立っている23年目のポジションがあるので。そのあいだに子どもが生まれる人もいるし、結婚や離婚をする人もいるし、亡くなる人もいる。いろんなことが起きた中で、俺たちはその街の駅の改札でまた会うんです。そして、ライブで同じ時間を過ごして、またその街の駅の改札で別れる。一人ひとりの人生に起こったことも、お互いに知っているし。かといって全てを語るには時間も足りないから自分はパフォーマンスに集中するし、彼らはライブを楽しむことに集中する。そういういろんな思いが込められたドラマが全ての街の出会いと別れの間にある。
――6月6日には配信ライブの『CAN YOU SEE THE FUTURE?』が行われます(取材日は6月4日)。こういうライブを繰り広げてきたからこそ、配信というのはTHA BLUE HERBにとってのある種のチャレンジですよね。
BOSS:そうですね。配信では一方通行の発信しか出来ないわけですしね。ただ、一つ一つが過程なので結果には焦っていないですね。久しぶりにデカい音を鳴らして、がっつり演奏するつもりです。2020年の今にこの曲をこう鳴らしたらどういう気持ちになるかを考えてセットを組んでいるので、あとはそれぞれがみんなが楽しんでくれれば嬉しいです。
――わかりました。最後にもうひとつ聞かせてください。先ほども今が時代の転換点であるという話をしましたが、BOSSさんとしては今の社会はどんな未来に向かっていると思っていますか?
BOSS:これは曲の中で歌っているんですけど、コロナうんぬんが終わってどうなっていくかという以前に、人がどんどん日本からいなくなっていくのはもう確実な事です。僕たちも含めてみんな年老いていくし、それを支える若い人の数が減っていく。おのずと医療費や社会保障やインフラも含めて若い人たちに負担がいくのはわかっている。そこに対して何かの対策をとっているかというとそうでもない。今さえよければいい、後の人たちになんとかしてもらおうとしている。今は古い考え方から変わる一つのチャンスだと思うんだけれど、それを活かせていない気がする。とても苦しい時代が来るだろうとは思ってますね。「2020」の中でも〈出来るだけ楽しんで降りて行こう〉と歌っているんだけど、その転換点がこの
「2020」だったということを思っています。
――〈降りていく〉や〈下がっていく〉ということを織り込んだ上で、ポジティブにいろんなものをほどいていくという考え方をとる必要があるということは思います。
BOSS:そうですね。日本が景気がよくて国力が高かった時代なんて、たかだか1970年から1990年くらいの間の話ですよね。俺たちはたまたま運良くそこで生まれたから「豊かな日本」というイメージがとても強いけれど、そんなのは大きな歴史の中では一瞬のことでしかない。しかもそれは自分たちで切り開いたというより地政学的な幸運に恵まれた要素も少なからずある。だから、それで手にした豊かさにしかすぎないのであれば、これから縮小していく、下がっていくというのは一見ネガティブに捉えられるけれど、俺にしてみれば卑下してるわけではなく、「もとからそんなもんだった」と思うんです。お金では測れないものがたくさんある。文化というのがまさにそうだと思います。お金だけで測れるものは失っていくかもしれないけれど、本当に価値のあるものは残っていく。日本にだって、そういうものはたくさんあるし、そこは悲観していないです。今年に起こったいろんなことが、そういうことを考えるきっかけになればいいと思います。
■リリース情報
THA BLUE HERB 『2020』
レーベル:THA BLUE HERB RECORDINGS
発売:2020年7月2日(木)
<CD Only> (歌詞カード付属)
価格:¥1,600(税別)
収録曲:
1. IF
2. STRONGER THAN PRIDE
3. PRISONER
4. 2020
5. バラッドを俺等に