坂本龍一、ノイズを取り入れた実験的なライブパフォーマンス 自然が生み出す“予測できない音”への好奇心
ライブパフォーマンスでは、ピアノの傍らにギターが置かれている。 他の誰でもない、坂本がエフェクターを用いながらギターを弾くのだ。とはいえメロディアスなソロギターを弾くわけではなく、ギターの弦を弓で弾く“ボウイング奏法”を電子的に再現できるE-BOWを用いて演奏する。時にタッピングをするように弦に当てつけたり、ペグを回しては緩んだ弦から鈍いノイズを響かせる。歪みの些細な変化を味わいながら変化をつけるその姿は、ノイズロックを世界へ提唱したSonic Youthのサーストン・ムーアを彷彿とさせた。 一見遠い2人のようにも思えるが、音楽の伝統的な側面、テクニック、ハーモニーを理解した上で、即興性とポピュラリズムを共存させたり、実験的な要素を取り入れるという点では強く共鳴している。ノイズとは、人の思惑を破壊した音である。“無知であること”に喜びを感じるあくなき探求心を持つ2人が、非同期的である“ノイズ”という存在に魅了されるのは大いに頷ける。
また、坂本龍一にとってノイズとは、禅や瞑想に近い存在でもあるのだと思う。耳を澄ませて聴けば聴くほど、余計な情報から遮断され、その深淵な魅力が不思議とふわりと浮いてくるような感覚がする。主旋律に付加する飾りではなく、ノイズそのものに秘められた、人の意を介さない音像。この美学は、同様のノイズを巧みに自身の音楽性に取り入れるクリスチャン・フェネスやアルヴァ・ノトといった同じ美学を持つアーティストとの共演により、より深く根付いていったのだろう。
テクノロジーの進化とともに人と自然が分離されてゆく中で、坂本は“自分も自然の一部”として共存することで、調律が敵わない音楽やライブパフォーマンスに辿り着いた。とはいえ、実のところは人工的に調律された音楽にはもう飽きてしまって、自然が生む予測ができない音楽に惹かれているという、ごく単純な理由なのかもしれない。ステージで1つ1つ丁寧に音を生み出す時、不意に生まれるノイズに耳を傾ける時、彼はどこか幸せそうな顔をしている。音楽に初めて触れた幼少期の頃から変わらない、好奇心がそこにはある。坂本は今も“音楽の自由”を追い求め続けているのだ。
■宮谷行美
ライター。音楽メディアにてライター/インタビュアーとしての経験を経た後、現在はフリーランスで執筆活動を行う。BELONG Media、HMV&BOOKS onlineへの寄稿や、Ringo Dathstarr、Swervedriverなどの国内盤解説を担当。
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