大友良英が語る、『いだてん』音楽制作と劇伴作家としてのスタンス「時代と空気感とストーリーを体に入れながら過ごした2年半」

大友良英、『いだてん』と向き合った2年半

到達地とか考えてない 

一一今回のサントラ盤の話をしましょう。メインテーマのミックスを変えたのはどういう理由で?

大友:最初にメインテーマが完成したとき、やった! と思って満足してたんですけど、何十回と聴いてくうちにいろいろ不満が出てきたんですね。もっとこうしたかった、ああしたかったと。それはエンジニアの人もそうで、それで二人で相談して変えようってなりましたね。しかもこれ、最終回に向けて7分程度のロングバージョンのメインテーマを作ってくれって、監督と宮藤さんから依頼が来て。おいおい、最初から言ってくれよ、オーケストラなんだからって思ったんですよ。もうオーケストラを雇う予算もないし、もう一回やれって言っても無理だから、今あるメインテーマをバラバラに解体して組み合わせながら演奏をどんどん加えていって、それで7分のものを作ろうと。で、一回解体してもう一回ミックスするならテーマ曲もリミックスできるなと思ったんです。だからロングバージョンのメインテーマを作ると同時にメインテーマのニューバージョンも作らせてもらった感じかな。

一一何が不満だったんですか。

大友:一個一個の楽器がもうちょっと見えるようにしたい、ひとつひとつの音の粒をもう少し立てらんないかなっていう無理な注文。もっともっと個人の顔が見えるようにしたいなって。

一一それはドラマをご覧になって、そうしたほうがいいと?

大友:そう。ドラマを半年以上見続けたうえでです。これはもっと一個一個の音立てたいなって切実に思うようになりましたね。なにより江藤直子さんのオーケストレーションがもっと見えるようにしたいとも。

一一それだけ長いタームのドラマだったからそういうことを考えることができた。

大友:うんうん。曲自体は全然変える気がなくてこれで完璧って思ってるんだけど、一人ひとりがもうちょっと出張った感じにしたいなというか。

一一最初の段階でよくそんな完璧だと思うもんができましたね。だってドラマの全貌もまだ見えてないのに。

大友:そうそう。だけど、あれはね、いくつもバージョンを経てるんですよ。2018年の2月に最初のバージョンを作って、4月に次のバージョンを作って、で、7月くらいに最終的なバージョンを作ったから。何段階か経てるんですよね。

一一メインテーマの録音が2018年の2月と10月。ロングバージョンはそれに今年の7月に録音したものも加わっている。

大友:はいはい。その2月に録音したデモの音の一部も実は残ってるんですよ。それはどこかと言うと、〈よぉーっ、ポン〉。あれは最初に録音したものなんです。実は何バージョンも録ったんです、いろんな人の声で。で、どれがいいかって最後に判断するときに、最初にデモで録音した高良久美子さんっていうパーカッション奏者にその場で「悪いけど〈よぉーっ、ポン〉ってやってくれる?」ってお願いしたものなんです。本物の能楽の人にもやってもらったんだけど、でも申し訳ないけど本物の人のはカットして。なぜか本物じゃないほうが良かったんです。

一一それ面白いですね。

大友:高良さんって女性だか男の子だかわかんない、ちょっとユニセクシャルな声をしてて。明らかに本物の人だったら出さない声だし。それがね、なんかいいなと思っちゃって。本物って歴史の重みがずぅんと乗ってるから。それこそ何百年という歴史の上にその声が出てるんだけど。このドラマって何百年という歴史の上にというよりは、西洋の文化を取り入れてから日本はどうしたかっていう話だから、たぶんそっちだと合わないんだなと思って。そういう意味では、全然そういった訓練を受けてない人の〈よぉーっ、ポン〉にしようかなと。

一一そうか。変わらない重さではなく、変わっていく面白さをとった。

大友:うん。要素は一緒だけど、何百年の歴史でこうしなきゃいけない、みたいな「伝統」じゃないもの。鼓も曲中に何箇所か入ってるけど、本物の、何百万するんだかわかんない鼓でやってるのと、高良さんが叩いた適当な鼓と、散りばめてるんです。とにかくいろんなものを両方入れたいなっていう。本物って今言ってんのは実は仙波清彦さんで、仙波さんだったらカットになっても怒らないかなと思って(笑)。最初から仙波さんに「ごめんなさい、カットになるかわかんないんですけど、いくつかあるの試させてください」って言って。やっぱすごいですよ、仙波さんの〈よぉーっ〉は。それロングバージョンには入れましたけどね。

一一面白いっすね、その話。

大友:面白かった。そういう意味で、一体このドラマに何が合うかって最初の段階でかなり試行錯誤しながら。だけど、すごく嬉しかったのが、オープニングテーマが完全に完成したのはその年の10月なんだけど、撮影してる人がそのオープニングテーマの雰囲気に引きずられながら撮ったりしてくれてたんで。そこは『あまちゃん』の時とちょっと似てるかな。テーマが先に完成してて、ある種テーマ曲がドラマの方向づけをしていく。だからすごい責任重大でしたよ、プレッシャーというか。あのテーマ曲が全体を示す方向になっていくので。

一一でもいいドラマってそういうのがあるんじゃないですか。『仁義なき戦い』だって津島利章さんの音楽がないと。

大友:そうだよね。あれが『仁義なき戦い』だもんね。『ゴジラ』もそうだよね。確かに確かに。フーテンの寅さんもそうだもんね。あのテーマ曲にすべてが入ってるもんね。だからすごいプレッシャーでしたよ、テーマ曲できるまでが。でも苦労したのはテーマ曲できたあとの劇伴ですよ、どの方向に向くんだ? っていうので。でも今考えるとテーマ曲の中に全部入ってるんですよね、その後の劇伴の要素が。っていうことは後になって、自分でもわかるんだけど。

一一大仕事を終えて、今は何やってるんですか。

大友:今一番のお仕事は、来年の2月から始まる『ねじまき鳥クロニクル』っていう演劇(村上春樹原作)。『マームとジプシー』の藤田貴大と、振り付けのインパル・ピントっていうイスラエルの人が共同演出で。半分ミュージカルみたいなんだけど、それの音楽を作り出してて。ちょっと思ったより大変。

一一舞台劇ってことは、その場で演奏するんですか。

大友:演奏する。俺とイトケン、あと江川良子っていうウチのビックバンドのサックス奏者と3人で、生で全部付き合う。

一一それは即興じゃなくて全部作曲?

大友:即興の部分もあるけど作曲する。作曲ももう始まっててけっこう大変で、リハも付き合わなきゃいけなくて、これから3カ月間くらいびっしりそれで埋まってます。

一一劇伴作家としての目標、到達地点みたいなものはあるんですか。ある種の劇伴作家にとってはNHKの大河とか朝ドラをやるって大目標らしいんですよ。ポップスの歌手がレコード大賞目指すぐらいの。

大友:到達地とか考えてない。朝ドラも大河も関係ないなあ。俺がずっと仕事してきた井上剛さんがやるって言うからやってるわけで。すごく信頼できて、この人とならやってもいいなっていう監督に頼まれてやるのが一番幸せで、井上さんだったり、今度の藤田貴大とか、そういう人たちから頼まれればカネとか場は関係ないよ。面白そうだもん。依頼されてやる仕事だから。自分から売り込む仕事ではないので、そういう依頼が来たら頑張る。だから自分のことを職人だと思ってますよ、そういう意味で。俺の音楽がほしいって言ってくれる信頼できる監督なり演出家が何か言ってきたら、もういつでも駆けつけるっていうのが俺のスタンスかな。そのいっぽうで俺は即興演奏家だったりノイズメイカーだったりするので、そっちはもう、この先も好き勝手に。別に場も選ばず、呼ばれればどこでも行こうと思ってる。明日からマレーシアで、「アンダーグラウンド・ノイズ・フェスティバル」に出ますよ(笑)。超楽しみなんだけど。アジアのシーンは面白くてほんと楽しいな。あとは、この2年くらい『いだてん』のこともあって海外ツアーは少なめに抑えてたんだけど、今年の秋くらいから復活です。バリバリやれるの、もうあと残り10年くらいかなと思ってるので、やれるうちにいっぱいやろうかなって思ってる。

(取材・文=小野島大/写真=林直幸)

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■リリース情報
『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 完結編』
発売:2019年11月20日(水)
価格:¥3,000(税抜)

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト

大友良英 オフィシャルサイト

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