ヒゲダン、あいみょん…2019年“サブスクの顔”に 長く聴かれ続ける理由を楽曲特性から探る
リスナーを引き摺り込む”長いイントロ”
また、「Pretender」はサブスク上の他のヒットソングと比べると比較的”イントロが長い”曲でもある。一般的に早い段階でリスナーを掴むことが求められるストリーミングサービスでは、ボーカルパートが始まるのが早く、短い時間に展開を詰め込み、曲間も短くまとめられる傾向にある。30秒以内にスキップすると再生回数に反映されないという機能的な制約があるからだ。しかし、「Pretender」はイントロだけでも32秒。曲の長さもJ-POPの平均がおおよそ4分20秒あたりと言われているのに対し、「Pretender」の曲間は5分20秒以上ある。つまり、かなり”じっくりと”聴かれるように作られている。
あいみょんの「マリーゴールド」もそうであった。逆再生を使った記憶が呼び起こされるような出だしから、ギターを中心とした温かいバンドサウンドが登場し、しっかりと世界観を描いた後にやっと彼女が歌い始める。だからといって壮大過ぎるということもなく、イメージを抱くのにちょうど良い長さの導入部だ。どこか懐かしい雰囲気を漂わせる「マリーゴールド」のイントロは、楽曲全体の世界観を簡易的に提示するポートレイト的役割を果たしている。むしろ、こうした想像力を喚起させるイントロがあることで世界観があらかじめ共有された状態で歌が始まるため、リスナーを自然と曲に引き摺り込むことに成功しているのではないか。
そのためには質の高い音作りが求められる。ありがちなものでは耳の肥えた現代のリスナーはなびかない。Official髭男dismも「レコーディングでは音決めに最も時間をかける」(参照:withnews)と答えているように、音へのこだわりは強い。ある意味、彼らの強いこだわりがサブスク戦略の定石を覆したヒットと言えるだろう。
こうして2019年最大のヒットソングに王手をかけた「Pretender」。ちなみに、この曲のイントロのギターのフレーズはアウトロにも登場する。しかし、そこではギターではなくピアノが優しく奏でているのだ。それはまるで、主人公の叶わぬ思いが”願望”から”諦め”へと変化したかのようで、思わず目頭が熱くなる。最初から最後まで聴くことで初めて得られる感動があることで、何度も繰り返し聴きたくなるのかもしれない。
■荻原 梓
88年生まれ。都内でCDを売りながら『クイック・ジャパン』などに記事を寄稿。
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