テレビは平成の時代をどう切り拓いたのか? 『紅白』やアイドル文化の変遷から太田省一が振り返る

 社会学者の太田省一が『平成テレビジョン・スタディーズ』を刊行した。

 同書では、音楽、バラエティ、ドラマ、タレントなど様々なテーマを対象に、テレビというメディアがコンテンツを通して“平成”の時代をどう切り拓いたのかが論じられている。今回リアルサウンドでは、著者の太田氏にインタビューを行い、同書でふれられている『NHK紅白歌合戦』やアイドルの話題を中心に、“平成”のテレビがもたらした変化について振り返ってもらった。(編集部)

『紅白』は「日本の音楽地図」を示すものに

太田省一『平成テレビジョン・スタディーズ』(青土社)

ーー日本を代表する音楽番組の一つである『NHK紅白歌合戦』は昭和から平成へとどのような変化を遂げたと思いますか。

太田:昭和の『紅白』は、戦後の復興から高度経済成長が成り、テレビが普及したことを背景に、各家庭で1年を振り返りながら無事平和に過ごすことができた幸福を確認する、そんな番組でした。だからこそ70〜80%という驚異的な視聴率をとっていたのだと思います。そして、番組を支えたのが歌謡曲の存在でした。昭和はヒット曲がテレビの音楽番組ととても密接な関係にあった時代です。『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)や『ザ・ベストテン』(TBS系)のような各局のレギュラー音楽番組で歌われた曲がヒットにつながっていくという構図が確立されていたーー言ってみればテレビと歌は一心同体でした。その1年の集大成であり、ピラミッドの頂点にあったのが『紅白』だったのです。

 平成に突入した90年代は小室ファミリーなどJ-POPアーティストたちが『紅白』を支えるようになる一方、流行歌にこだわらない他ジャンルからの出場が目に付くようになります。由紀さおりさんが童謡の「赤とんぼ」で1992年(平成4年)に紅組のトリを務めたことが象徴的です。そうやって『紅白』はその年に流行した曲ではなく、みんなが知っているスタンダードナンバー、名曲を歌う番組になっていきます。それがさらに進み、テレビの歌番組自体が、みんなが知っている最新のヒット曲の出てくる場ではなくなっていきました。

 『平成テレビジョン・スタディーズ』の中でも書きましたが、『紅白』は今やショーケースのようなものになっている。趣味嗜好の多様性、マーケットの細分化、当然そういうことの反映なのですが、音楽をメインとしたエンターテインメント(アニメ・ゲーム、ネットなど)の流行をNHK側が網羅することを念頭に出場者を選考し、それによってその時点での「日本の音楽地図」を多くの人が『紅白』で初めて知るというかたちになりつつある。『紅白』は「過去を振り返って安心する」ものから、「今このシーンでこれが人気で、これからはこれが人気になる」という現在と未来を示すものになった。そういう意味でいうと、昭和から平成にかけて180度変化したと考えてもいいでしょう。

ーーそれは音楽番組全般にも言えることかもしれません。

太田:そうですね。歌を聴くのが昭和の歌番組だとすれば、平成以降はアイドルや歌手のキャラクターも含めて紹介するものになりました。『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)や『うたばん』(TBSテレビ系)などトーク中心の番組が増えて音楽番組がバラエティ化していく中で、アーティストにもプラスアルファが求められるようになっていったように思います。また、大型特番のほうがむしろ音楽番組のメインになっている傾向も見られます。『ミュージックステーション ウルトラFES』(テレビ朝日系)、『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)などのタイトルが象徴的だと思うのですが、ジャニーズがシャッフルユニットで歌ったり、アーティストがコラボをしてスペシャル感を出していくなど、フェスティバル、お祭り的な見せ方をしていく。『紅白』で昨今サプライズ演出を頻繁に取り入れているのも同じです。平成では、そういったかたちをとらないと音楽番組が存在感を示せなくなったという見方もできると思います。

平成アイドルのドキュメンタリー性、ファンとの関係性の変化

ーー『平成テレビジョン・スタディーズ』では、「Ⅳ「卒業」と「引退」の社会学」の各章でアイドルについても言及されています。昭和と平成のアイドルの変化についてはどう考えていますか。

太田:昭和のアイドルは、一言で言えば期間限定の一時的なものーー思春期の疑似恋愛の対象だった。当然ファンも歌手も大人になっていけばアイドルは終わりだという共通理解がありました。一方、平成のアイドルは期間限定のものではなく、人生のパートナーになったと僕は思っています。その代表がSMAPでした。AKB48やももいろクローバーZなどの女性アイドルも基本的には同じですが、それをいち早く理想的なかたちで示してくれたのがSMAPだったと平成を振り返ってみて改めて思います。

ーーテレビが特別なものだった昭和から、日常のものとなった平成へと移りゆく中で、アイドルも特別な存在から日常の存在へと変化していった。

太田:まさにおっしゃるとおりですね。ジャニーズの伝統を受け継ぐ王子様的存在だった光GENJIのブームまでが昭和。そして、1991年(平成3年)にSMAPがデビューする。ただその頃には、『夜のヒットスタジオ』や『ザ・ベストテン』などの歌番組が相次いで終了し、テレビに出て歌っていれば人気が出る時代は終わっていた。それでSMAPはバラエティに進出していきます。ジャニーズでありながら自分たちの素の部分を出し、自分たちの本音で勝負したのがSMAPでした。彼らは、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)などで歌、踊り、演技、お笑いとトータルなエンターテインメントを通して喜びを与えてくれると同時に、先行きが見えない不透明な時代を生きる私たち平成の日本人にずっと寄り添う存在でもあった。阪神・淡路大震災、東日本大震災があったときにもテレビを通じて世の中にエールを送り続け、「世界に一つだけの花」のような生きることのメッセージを含んだ曲を大ヒットさせたのはその証しです。SMAPはアイドルのカバーする範囲、役割の幅を飛躍的に広げた。そしてそのとき、アイドルは人生のパートナーになったと言えるのではないかと思っているんです。

ーーまた、太田さんは近著『テレビ社会ニッポン』の中で、平成のテレビの特徴としてドキュメントバラエティが主流になったということについても書かれています。その流れは平成に登場した女性アイドル特有のドキュメンタリー性にも通じている部分なのではないかと感じました。

太田:それもおっしゃるとおりかと思います。1992年(平成4年)に『進め!電波少年』(日本テレビ系)が始まって、猿岩石の「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」が社会現象的ブームになり、バラエティでありながらドキュメンタリー性を強調する手法から生まれる感動に視聴者が惹きつけられました。そういったことがアイドルにも同時に起こるようになっていきます。代表的なのはモーニング娘。を輩出したテレビ東京『ASAYAN』(1995年/平成7年)です。『ASAYAN』自体はオーディション番組として、花の中三トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)やピンク・レディーを世に送り出した日本テレビ『スター誕生!』(1971年/昭和46年)の流れを汲むものですが、合宿中のオーディション参加者の素の表情や感情をカメラが捉え、その様子を視聴者が見て感動し、応援したくなるという部分などは平成ならではの手法だったと思います。

 そのようにモー娘。は昭和と平成の女性アイドルの分岐点にいた存在でしたが、モー娘。以降、女性アイドル全体の傾向としてはドキュメンタリー性に重心が寄っていったように思います。ご存知のようにモー娘。はインディーズでデビューして5日間で5万枚CDを手売りしないとメジャーデビューさせないという企画を行っていましたが、今思えばあれもドキュメンタリー的手法です。そしてそれをより刺激的にしたのがAKB48。ドキュメンタリー映画でメンバーが過呼吸になったり運ばれていく様子を見せたり、選抜メンバーをファンの投票で決める『AKB48選抜総選挙』を行うようになった。ももクロも路上ライブから始まり『紅白』出場に至るまでのリアルなストーリー性がありました。ただ、そのようなドキュメンタリー重視の揺り戻しで、最近では、ファンとのあいだに適度な距離感が保たれている、乃木坂46をはじめとする坂道シリーズに人気が集まっているようにも思います。

 また、『平成テレビジョン・スタディーズ』の「引退/卒業のアイドル史」の章でも書いているのですが、かつてアイドルの卒業/引退は一大事件でした。昭和のキャンディーズの解散や山口百恵の引退は、大げさに言えばまるで世界が終わるかのようなこととしてファンから捉えられていた。しかし、モー娘。あたりから卒業が次へのステップに進むための未来志向なものになっていったところがある。卒業と加入のシステムがモー娘。でできあがっていき、メンバーが次のステップに向けて卒業してもグループの枠組みは存続する。同じ仕組みがAKBグループや坂道シリーズなどにも受け継がれていきました。ファンも悲しい部分はもちろんあるけれど、人生のパートナーとしてアイドルたちの新たな門出を祝福して応援する。そこにはアイドルもファンもそれぞれの人生は続いていくという感覚がある。それはすごく平成的なことのように思います。安室奈美恵さんの引退にも近いものを感じましたね。アイドルとファンの関係にそういった変化が見られたのが平成の特徴だと思います。

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