トム・ヨーク、初の映画音楽作品『サスペリア』に浮かぶ音楽的野心 宇野維正が解説

 作品世界と何度か重要な交差をしながらも、基本的には終始無軌道に漂っているかのような本作のトム・ヨークの音楽は、作品全体の基調と一致している。物語の舞台として設定された1977年のベルリンにおける、ナチスによる負の歴史、ドイツ赤軍によるテロ、フェミニズム、精神分析といった社会状況、さらには前衛舞踏、絵画、ニュー・ジャーマン・シネマ、クラウトロック(これはトム・ヨークが持ち込んだものだ)などの引用やオマージュが放り込まれた今回の『サスペリア』。そこでは、どれか一つの要素がどれか一つの要素を補足や説明するのではなく、それぞれがそのまま観客に次から次へと提示されていく。

 各国でのリアクションと同様に、今年の1月下旬に公開されて以来、日本の観客も賛否両論で真っ二つに割れている『サスペリア』。ダリオ・アルジェント版『サスペリア』原理主義者の一人であり、同時にルカ・グァダニーノの熱烈なファンでもある自分としては、正直、最初に観た時は呆然とするしかなかったのだが、何度か繰り返し観た今では、新たな発見の喜びとともに、様々な人たちによる作品にまつわる解釈や見解を見聞きするのが楽しくて仕方がない。中でもハッとさせられたのは、『サスペリア』のサウンドトラックのバックカバーに描かれた人物のシルエットの元ネタが、エーリッヒ・ヘッケルの絵画にあるのではないかという滝本誠氏の指摘(『サスペリア マガジン』洋泉社)。ヒトラーから忌み嫌われていたドイツ表現主義のグループ「ブリュッケ」の一員だったエーリッヒ・ヘッケルは、デヴィッド・ボウイに多大な影響を与えた画家であり、彼の絵画はベルリン時代の代表作『ヒーローズ』(リリースされたのは1977年だ)、そしてデヴィッド・ボウイがイギー・ポップをベルリンに招いてプロデュースした『イディオット』(こちらもリリースは1977年)のジャケット写真における、デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップそれぞれのポージングの参照元でもある。

 『サスペリア』のタイミングでのインタビューでは、主に70年代のクラウトロックへの偏愛について語っていたトム・ヨーク。しかし、「1977年のベルリン」をキーワードに、当時そこで創作と思索に耽っていたデヴィッド・ボウイにまで補助線を引けば、ソロワークにおいてリズムの探求から旋律の探求への転換点とも位置付けることのできる『サスペリア』でのトム・ヨークの音楽的野心が、より鮮明に浮き上がってくるのではないだろうか。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter

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