杉山仁の2018年洋楽年間ベスト10

杉山仁が選ぶ、2018年洋楽年間ベスト10 ますます広がりつつある“文化的な多様性”

ジャネール・モネイ『Dirty Computer』

1.ジャネール・モネイ『Dirty Computer』
2.The 1975『A Brief Inquiry Into Online Relationships』
3. ケイシー・マスグレイヴス『Golden Hour』
4. ノーネーム『Room 25』
5. Mitski『Be the Cowboy』
6. アリアナ・グランデ『Sweetener』
7.ロビン『Honey』
8.Brockhampton『Iridescence』
9.ロザリア『El Mal Querer』
10.ソフィー『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』

 2018年の欧米の音楽シーン、特にアメリカで印象的だったのは、引き続きR&B/ヒップホップに勢いのある作品が多数生まれたこと。米調査会社ニールセンの「音楽ジャンル別消費量調査」で、米国で史上初めてR&B/ヒップホップが最も売れたジャンルとなった2017年を経て、2018年はその傾向がさらに加速し、上半期を終えた時点で米国の音楽セールス全体の約3割を占めるまでに拡大した(参照:ニールセン・ミュージック2018年上半期チャート発表、ポスト・マローン/エド/ドレイク等がNo.1 最も人気あるジャンルはR&B/ヒップホップ)。実際、ドレイクの新作『Scorpion』が全米チャートでマイケル・ジャクソンやビートルズを越える記録を打ち立てたり、ビヨンセのコーチェラ・フェスティバルでのライブが話題になったりと、関連するトピックは挙げればきりがない。中でも近未来的/SF的なアフロフューチャリズムと機能的なポップミュージックの魅力とを融合させたジャネール・モネイの『Dirty Computer』は、人種差別問題、さらなる女性の社会参加への機運や「#MeToo」運動、自身も含む性的マイノリティへの眼差しといった時事テーマが、黒人音楽やアメリカでの黒人の歴史そのものへと繋がっていく様子が素晴らしかった。最終曲「Americans」では前作に続いて参加予定だった故プリンスの「Darling Nikki」の歌詞〈She said sign your name on the dotted line〉を引用し、〈Please sign your name on the dotted line(意訳すると「あなたもこの変革に参加して」)〉と呼び掛けている。

Janelle Monáe - Americans

 ロックバンドの作品では、英マンチェスターの4人組、The 1975の新作の完成度が群を抜いていた。曲単位で見るとPrefab SproutやThe Blue Nileのような80年代の英バンドからの影響を感じる彼らだが、大衆性とアート性とが同居するバランス感覚はむしろリック・オケイセックを擁して70~80年代のアメリカで活躍したThe Carsのようで、この3作目では得意の80’sフレイバーはそのまま、デジタルな加工を施したクワイア、R&B、ブレイクビーツ、トラップ、ジャズなどを取り入れて音楽性を一気に広げている。けれども、それがあくまで「ロックバンドの音」になっているのが、この作品の最大の魅力。アルバムで大風呂敷を広げる作風がより加速したのも当然と思えるほど、曲ごとに溢れんばかりのアイデアが詰まっている。映画『ボヘミアン・ラプソディ』でロックに興味を持った人々に、今のフロントランナーの魅力を伝えるとするなら、これ以上の作品は思いつかない。

The 1975 - Sincerity Is Scary (Official Video)

 一方、ケイシー・マスグレイヴスの『Golden Hour』は、保守的な音楽の象徴とされることも多いアメリカのカントリーシーンから生まれた作品でありながら、ダンスビートやデジタルな質感のコーラスなど、おおよそカントリー的ではないアレンジを多数施してメインストリームポップ系、ヒップホップ系、インディロック系のメディアなど幅広い年間ベストリストに選出された作品。実際、11曲目「High Horse」などは、もはや「ミラボールきらめくディスコサウンド」と言ったほうがしっくりくる雰囲気だ。とはいえ本作の魅力も、様々な要素を取り入れることで、逆に「カントリー」という彼女本来の出自が抗えないほどに浮かび上がってくること。『FUJI ROCK FESTIVAL '18』でのライブも印象的だった。

Kacey Musgraves - High Horse (Official Music Video)

 そういう意味では、チャンス・ザ・ラッパー作品のコラボレイターとしても知られるシカゴ出身の女性ラッパー・ノーネームが、前作『Telefone』の成功を経て拠点をLAに移し、各地をツアーする生活の象徴=ホテルの部屋と、当時の年齢=25をタイトルに冠して人生における様々な経験を反映させた新作『Room 25』のラスト曲「no name」での、Yawによる「どれだけ喜びや痛みを通り過ぎても、君がどこから来たのかを忘れるな」というラインも印象的だった。ラップアルバムではトラヴィス・スコットの『Astroworld』やカーディ・Bの『Invasion of Privacy』、JPEGMAFIAの『Veteran』、そして“ボーイバンド”を自称するラップクルー・Brockhamptonのとっ散らかったゆえの奔放なエネルギーにも惹かれた。

no name

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