『岩里祐穂 presents Ms.リリシスト〜トークセッション vol.5』

岩里祐穂×坂本真綾が語り合う、それぞれの作詞の特徴と楽曲にこめた思い

坂本真綾「風が吹く日」(作詞:岩里祐穂)

岩里:次は真綾ちゃんが私に選んでくれた曲ですね。

坂本:はい。岩里さんは素敵なアーティストさんにたくさん詞を書かれているのでその中から選んでもいいんですけど、今回はさっきもおっしゃったように私に書いていただいた曲の中から選ばせていただいています。1曲目はまず初期の頃の「風が吹く日」(1997年)です。

岩里:『天空のエスカフローネ』というアニメの挿入歌でしたね。

坂本:イメージソングとして作られたオリジナル曲で、私のための曲というよりはアニメありきでできた曲でした。

岩里:これはアルバムの曲だし、渋いところに手を伸ばしていただいて感動です。

坂本:「風が吹く日」はファンの方の中でも人気が高い曲なんですよ。

岩里:そういえば、前に取材を受けたときに「『風が吹く日』は初期の坂本真綾を象徴していた」と言ってくれた方がいました。

坂本:評論家って大体くだらないことしか言わないんですけど(笑)、でもその人は割とちゃんとした人かもしれないですね。私は『天空のエスカフローネ』というアニメの主人公の声優を担当して、主題歌の「約束はいらない」で歌手デビューしたんです。最初は本格的な歌手活動が前提ではなくて、「ちょっと歌えるみたいだから歌おうよ」くらいな感じで始めたんですよね。それで挿入歌も担当することになって。

岩里:この「風が吹く日」はすごくよく覚えてる。

坂本:本当ですか。

岩里:まず曲が長いなって思って(笑)。いっぱい言葉を書かなきゃいけないなと。

坂本:(笑)。これは当然なことなんですけど、私がそれまで歌ってきた歌って、主人公のお話の目線であり物語に合わせた内容のもので。その中で初めて本当に“自分の歌”だと思えたのが「風が吹く日」なんです。

岩里:嬉しい。

坂本:『エスカフローネ』のオーディションに受かって15歳のうちに「約束はいらない」をレコーディングしていたと思いますけど、<君を君を愛している>っていっても「愛とは何ぞや?」くらいの年齢で、歌詞の意味を理解していたとは到底言えないんですよね。「ともだち」というカップリング曲の方は当時高校生の私にとって共感できるものでしたけど。あ、ずっと言いたかったこと言っていいですか?

岩里:「ともだち」の話?

坂本:はい。最初の<枝にもたれて>って、枝にもたれたら折れるなって思ってたんです(笑)。何でもっと太いものにしてくれなかったんだろうって気になっていて。私の想像している枝はちょっと細かったんだと思うんですけど(笑)。

岩里:きっと、太い枝だったんじゃない(笑)?

坂本:太めの枝って思えればよかったんですけど。枝が気になって歌うときにいつも情景が浮かびにくいというか(笑)。

岩里:(笑)やっぱりこういう機会っていいね。今まで思ってたことを初めて知ることができた。


坂本:話を戻すと「風が吹く日」を本当に初めて読んだとき涙が出たんです。「何でこの人、私の気持ちが分かるんだろう」って思いながら読んだんですよ。

岩里:本当のこと言ってもいい?

坂本:もちろんです。

岩里:『エスカフローネ』もさることながら、菅野さんとの仕事では作品のシナリオが送られてくるわけでもなく、菅野さんの長いメールが一通、曲とともに送られてくるだけなんですよ。「これはこういうアニメで、こういうテーマで、こういう女の子がいる」というような情報が菅野よう子通訳の中で私の中に入ってくるの。だから正直なところアニメの内容はそれほど細かく知っているわけじゃなくて、この曲を書いたとき、私の中には坂本真綾しかいなかったわけ。歌ってくれる15、6の坂本真綾さんとイコールの女の子、という感じで詞を書いていきました。

坂本:そうだったんですね。

岩里:あと、このときはちょうど私が作詞家として変わりたかった頃でもあって。80年代から作詞家をやってきて、真綾ちゃんと出会って、真綾ちゃんの「Feel Myself」の詞のつけ方で「若い子はこんな風にするんだ」と気づかせてもらって。「風が吹く日」の時代は、Mr.Childrenとかスピッツとか、言葉が詰めこまれている歌が主流で、彼らの歌を聴きながら「どうしたらこういう乗せ方ができるんだろう」と思ってた。当時、作曲家の曲に多めに詰め込んで言葉をつけたら作曲家やディレクターからNGが出たりして。作詞家はそういうところでストレスが溜まるわけですよ。でも、“菅野よう子・坂本真綾プロジェクト”は何をやってもよかった。だから好きなように書いてしまえっていう感じで、「風が吹く日」はすごく字数が多いんですよね。<世界中に見守られている そんなふうに思った ひとり>のあたりは多分デモよりもぐいぐいに詰めていると思うし、書きたいことを書けるだけ書いてしまえ! と思って書けた曲だと思うの。それを受け止めてくれて歌ってくれた。めでたいプロジェクトで私はありがたかった。あと<ぬるい風>って言葉も初めて使って、自分の中ではトライしたところがいくつもあったんだよね。

坂本:当時岩里さんに歌詞を送っていただくのはFAXでしたけど、FAXがダーッと送られて来てそれを見ながら「これをどうやってメロディに入れるか」っていう悩みがありました(笑)。

岩里:最近は自分で仮歌を歌ってみなさんにお渡しするんだけど、この頃は逆に詞だけ渡して好きなように入れてもらってたんですよね。

坂本:だから、菅野さんと一緒に少しずつメロディを動かしたりしながら進めてましたね。「詞がいいから変えないでこのまま生かそう」みたいなこともよく話してました。

岩里:この曲がやりたいことをやってしまえと書いた最初の詞だったと思う。そのあとだんだん図に乗っちゃって。「ユッカ」とかは酷いよ、譜割りが。

坂本:「ユッカ」も大好きだけど今回は省いた曲だったので、ついでに「ユッカ」の話していいですか?

岩里:いいですよ。

坂本:<そりかえるシンバル>ってどこから出てきたんですか? ドラムセットに置いてあるシンバルのことなのか、それとも手で叩くタイプのシンバルなのか……。

岩里:シンバルを手で叩くとき、そりかえるよね。

坂本:自分が?

岩里:シンバルが。そりかえらない?

坂本:そりかえるかなぁ。

岩里:そりかえらないかなぁ。

坂本:<そりかえるシンバルのように>、それがすごい表現だなと思って。

岩里:気が付かなかった。あれは別にすぐ出てきたから。

坂本:「ユッカ」もファンの人たちの中で大人気の曲なんです。やっぱり岩里さんも私も、他のアーティストさんに書いているものではなくて私に対して書いてくださるものの軸にあるのが「風が吹く日」とか「ユッカ」みたいに自問自答する葛藤の自分のイメージ。岩里さんといえばラブソングのイメージもあるんですけど、もうちょっと普遍的なものというか。自分が発信したいことを歌で表現することができるんだって思った原点みたいなものなんですよね。「こういう歌詞があります。この曲があります。はいどうぞ」って歌うのがそれまでで、そこに自分が共感できようが理解できなかろうが関係ないわけです。とりあえず上手く歌いたいというだけ。でも「風が吹く日」は歌っているときに本当に言葉を聞いてほしい、伝えたい、歌を歌うことで自分の気持ちが満たされていく原体験だった。だから、今でも時々ライブで歌ったりするんだけど、いつ歌っても古くない。最新なんです。

岩里:古くないって言われるの、最近すごく嬉しい(笑)。

坂本:岩里さんは常に新しいですけど、これはそういう意味で原点になる方向に導いてもらったような歌詞でしたね。

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