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フェスは“一体感”と“個の欲求”の両立を可能にするーー円堂都司昭による『夏フェス革命』評

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 本書ではフジロックとロック・イン・ジャパンの初回が悪天候のため途中で中止になった点が、結果的に後によい反面教師になったことが語られている。そもそも大規模フェスのイメージの原形ともなっているウッドストック・フェスティバル(1969年、アメリカ)は、40万人以上の観客を集めたものの会場は大混乱だった。「愛と平和」を掲げて大勢が集まる高揚感があった半面で、衣食住への配慮がなかった。SNS以前の昔なのでスピーディな情報共有もできない。その混乱によってイベントが伝説化したところもある。

 一方、現在のフェスは参加者をただ集めるだけなく、会場内の複数ステージや飲食スペース、プレイスポットにいかに分散させるかを計算している。集合と分散のバランスをとった環境が、大勢で盛り上がる一体感と自分を演出したい個の欲求の両立を可能にしているのだ。本書に読んでそう思い当たる。

 また、『夏フェス革命』で興味深いのは、「プラットフォームとしてのフェス」というとらえ方。著者はプラットフォームとは「複数のプレーヤーを集めて顧客と繋ぐ場」であるとして、フェスにAmazonや楽天、iTunesを有するAppleなどと同様の機能を見出す。そのうえで『夏フェス革命』では4大フェスのなかでも特にロック・イン・ジャパンに注目して議論を進める。そこで思い出すのは、同フェスを主催するロッキング・オンの社長・渋谷陽一が、『メディアとしてのロックンロール』と題した評論集を過去に出版していたこと。

 同社が邦楽誌『ROCKIN’ ON JAPAN』を創刊する前で、洋楽誌『ROCKIN’ ON』の同人誌的色彩がまだかなり強かった1979年の本である。ロックの先端がパンクからニューウェーブに移り、DIY感覚のインディーズ系バンドがマニアに評価された時代だった。同書には『ROCKIN’ ON』創刊の経緯も書かれていたが、渋谷にはDIY型のメディアとしてロックと自分の雑誌を重ねてみる感覚があったと思う。

 それから約40年後、ロッキング・オンは雑誌よりフェス運営が主となり、SNSというメディアに取り巻かれたロックは「プラットフォームとしてのフェス」に見られる多彩な音楽のなかの一傾向になった。『夏フェス革命』から、そんな推移を想起して感慨を覚えた。

 本書はネットのライブ配信、VRやARの活用の可能性に触れ、プラットフォーム上位時代の行く末に思いをはせたところでエンディングとなる。未来のフェスを模索するうえでも多くのヒントがつまった内容だ。

 本書をめくり返しあれこれ考えをめぐらせつつ、今年も夏フェスを待ちたいと思う。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

■書籍情報
夏フェス革命 ー音楽が変わる、社会が変わるー
発売中
著者:レジー
価格:1,600円(税抜き)

      

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