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『夏フェス革命』著者インタビュー

“フェス”を通して見る、音楽と社会の未来とは? 『夏フェス革命』著者インタビュー

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参加者側の主体性に着目した

――そうやって「フェス」というものを扱う際に、いち音楽ファンとしての視点だけではなく、レジーさんの本業である「戦略コンサルタント」の視点が入っているところが、この本のユニークなところだと思います。レジーさんは、普段どんなお仕事をなさっているのでしょう?

レジー:クライアントの企業から「この事業の売り上げを何年でこれぐらいにしたい」とか「新たな柱になる事業を立ち上げたい」とか、あるいは「市場とか社会が動いていくなかで、未来の会社のあるべき姿を考えたい」とか、そういう「お題」をもらって、それに対していろいろな情報を集めたうえで、ディスカッションしながら一緒に答えを出していくというようなことを仕事にしています。よくクライアントは患者さん、コンサルが医者みたいな言い方をしますけど、「ここが痛い」って言われたときに、「じゃあ、湿布を貼っておきましょう」で終わらせるのではなく、「実はこの痛みの原因は内臓にあるから、こういう薬を飲んだほうがいい」「薬だけでは不十分なので、食生活全体を改善した方がいい」というところまで提示するのが大事だと思っています。なので、表面化している問題の裏側にいかにアプローチするか、みたいなことは日々考えています。

――その発想法や方法論が、本書には生かされているわけですよね。フェスが提供する「3つの価値」として「出演者」、「出演者以外の環境(衣食住)」、「参加者間のコミュニケーション」を挙げており、その先に「協奏のサイクル」が生まれたと位置付けています。「協奏」という概念がこの本の最も重要な論点だと思うのですが、この「協奏」ついて、あらためてご説明いただけますか?

レジー:ここ数年、ビジネスの分野で「共創」という概念がよく言われるようになっているんですが、本書で掲げた「協奏」という考え方はこの「共創」を下敷きにしています。「共創」というのは文字通り「企業とユーザーが共に価値を創る」ということなんですが、もう少し紐解くと、企業が「私たちが素晴らしいと思うものを作ったから、ぜひ買ってください」もしくは「あなたたちはこんなものが好きだということが調査でわかりました。それを作ったので買ってください」と一方的に投げかけるのではなくて、ユーザーの意見や行動をタイムリーに取り入れながらそのビジネスのいちばん良いやり方を作っていく、ということになると思います。

――それは、マーケティングの世界では、割と一般的な概念なのでしょうか?

レジー:本の中でも挙げているのですが、日本で2010年に出版されたフィリップ・コトラーの『コトラーのマーケティング3.0』(朝日新聞出版)で「共創」という概念が提唱されています。その後、ソーシャルメディアが浸透していくにつれて、だんだん具体的な施策としても形になってきているように思います。ただ、「共創」を掲げている企業の多くが「共創のための場」を人工的に作って、そこで人を交流させたり、商品開発のための意見交換をさせたり、というレベルで終わっているように感じます。それが本当に何か意味のある取り組みになっているんだろうか、というのは常々疑問に感じる部分もあって。

――レジーさんが、本書のなかで用いている「協奏」は、今おっしゃった「共創」と似ているようで、少し違う概念なんですね。

レジー:そうですね。「企業と参加者が一緒になってフェスを作り上げる」という意味では共通する部分もあるんですが、僕がこの本のなかで言っている「協奏」のイメージは、より参加者側の主体性に着目したものです。たとえば、フェスの様子をSNSにアップして注目を集めるという一連の行動も、そもそもはフェス側がそうやって楽しむように言い始めた話ではないと思うんです。参加者がそんな遊び方を自分で見つけて、それを発展させたというか、自分たちでその場所の性質を作り替えてしまっている印象があります。しかも、そういった動きを、フェス側が「後追い」の形で追認するという。そういうことが、フェスには多い気がするんですよね。

――フェス自体が、そういったものを認めながら、だんだんと変容していくというか。

レジー:そうですね。主催者側が、そういう参加者の自発的な動きを排除するのではなく、それをうまく内側に取り込むことで、本来はフェスに縁のなかった人たちまで呼び込んでいく流れがあるように見えます。いわゆる「共創」においてはファンベースの拡大というような部分までは含まないことが多いと思うので、今回は「協奏」という新たな考え方のフレームを提示してみました。このサイクルの背景には様々なフェスで言われている「参加者が主役です」というスローガンの存在も影響しているはずで、本のなかではそのあたりの関係についても掘り下げています。

――そして、そんな「協奏のサイクル」が、最も機能しているフェスとして、ロック・イン・ジャパンを取り上げています。数あるフェスのなかで、なぜロック・イン・ジャパンだったのでしょう?

レジー:大前提として、僕自身が初回からずっと行っていて、自分が最も語れるからっていうのがあるんですけどそれは置いておくとして(笑)、テレビや雑誌をはじめとするメディアで語られる「フェス像」の多くがロック・イン・ジャパンをイメージしているように感じるんですよね。タオルを振るとか、みんなでお揃いのTシャツを着るとか。「フェスの代名詞」と言えばフジロックだと自分も思っていたんですが、もしかしたら案外そうじゃないかもしれないというか……。

――ある年齢以上の人は、そうかもしれないですよね。ロックフェスと言えばフジロックみたいな。

レジー:はい。でも、世の中的に「フェス」というものが語られるとき、ロック・イン・ジャパンがそのイメージの象徴になっているケースがかなり増えているように感じます。それは、ロック・イン・ジャパンが他のフェスよりも動員数が圧倒的に多いことや、ロック・イン・ジャパンと同じようなブッキングで行われるフェスが、日本中に多数あることとも繋がっていると思います。なので、今、社会におけるフェスのあり方について考えるのであれば、ロック・イン・ジャパンを俎上に乗せることこそ必要なのかなと。「どうせ、“ロッキン”でしょ?」みたいな感じで、いろいろな人たちがロック・イン・ジャパンの存在についてスルーしているうちに、あのイベントはいつのまにか誰も手がつけられないぐらい大きなものになっていたわけですよね。今回の本ではそこに対してちゃんと向き合いたいなと思いました。

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