ベスト盤『ザ・月亭可朝ベスト+新曲』インタビュー
月亭可朝、「嘆きのボイン」誕生秘話を語る 「エロいことは一言も言うてへん」
ただギターを弾きながら歌にして、それで飯を食ってきた。
月亭可朝:そう、物悲しいやろ。
ーーそんなにエロいことも言ってなかったんですね(笑)。
月亭可朝:一言も言うてへん。〈ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで〉ってそのとおりや。〈ボインはお父ちゃんのためにあるんやないんやで〉、そのとおりや。せやけどな、“お父ちゃんのためにあるんやない”って言ったら、みんなそのことを想像するんや。そこが大事なんや。
ーー曲調は浪曲で、アリラン(朝鮮民謡)の要素もありますよね。
月亭可朝:わし、アリラン好きやねん。なんとも言えん哀愁がありますわな。
ーー“嘆きの”という言葉は曲調からですか?
月亭可朝:それはちゃいますねん。子供の頃、生駒の麓のへんに住んでたんですよ。そこに駄菓子屋ゆうんか、おもちゃ屋いうんか、まあ子供が寄り付く店があって、その店をやってる人を「ニーヤン」って我々は呼んでた。そのニーヤンに妹がおった。キレイな妹やねん。めったに店で見いひんねんけど、正月なんかは、着物着て店の前に立ってんねん。その子がNHKの「のど自慢」出てな「嘆きのブルービギン」いう歌を歌いよってん。♪嘆きの~ いうて静かな歌やねん。そんで、全国で一番になりよった。何回も顔見たさに店行ってな。まあその娘からはわしは無視されとったけども(笑)。そういう思い出があってな、わしも自分で作った曲を「嘆きのボイン」にしましたんや。
ーーそういうストーリーがあったんですね。
月亭可朝:ストーリーみたいなもんちゃうけど。それでな、九州にキャバレーの仕事に行って、終わってから一旦ホテルに帰って飲みに行った。ほんで、ぽっと入ったキャバレーのショーに出てたんが、その「嘆きのブルービギン」で全国一番になった娘やってん。歌の道に入っとったんや。キャバレーの事務所に行って、いきさつを話して挨拶でもさしてもらわれへんかってお願いしたら、「わかりました」言うて、会わしてくれたんや。もちろん向こうは駄菓子屋に来てた悪ガキやとは知らん。わしの名刺渡して「可朝です」言うて、ほんならまあ、ボイン歌てるおっさんやなと思ったやろうね。
ーー子供の頃の話はされなかったんですか?
月亭可朝:したした。ずっとニーヤンの店に行ってて、あんたのこと綺麗やなと思って好きやったんですわって。
ーーへー! それでどうなったんですか?
月亭可朝:その日は夜遅うまで話したんかな。そしたら明日汽車でどこそこまで行くんやと言うから、わし、駅まで見送りに行ったんや、朝早う起きて調べてな。それ以来会うてないんやけどね。
ーー「嘆きのボイン」がどんどんいい歌に思えてくるなあ。あ、いや、いい歌なんですけど。これは本で読んだんですけど、「嘆きのボイン」はラジオの公開収録が翌日に急に決まって、前日にギャンブルをしながら作ったとか。
月亭可朝:そうですそうです。浪曲のプロダクションがあってな。そこにポーカーの友達が集まってようやってたわ。ボールペンと紙借りて、さて明日何しょうかなーと。聞いたら箕面のプールサイドでの収録や言うし、そや、ケツやオッパイの歌いうのもええかわからん。オッパイ言うのもなんやなと。よっしゃ、ボインでいこ! こうなったわけや。ほんでさらさらと書いて、一緒にポーカーやってるやつらに「これどうや?」って歌ってみたら、笑うてくれたんや。「いけるで、それ」言うて。次の日に梅田花月の出番が終わって、まずギター買いに行ったんですわ。
ーーあ、そうなんですか! 持ってらっしゃらなかったんですか。
月亭可朝:おまへんおまへん。梅田花月の近くに楽器屋があったんですよ。御堂筋のあたりにね。そこで3000円か4000円のギターを買いまして、弾くのにどないしたらええねん? って音楽ショーやってる奴に聞いたんですわ。そしたら、「これとこれだけ押さえとったらええ、放したらあかんで」って言われて。それでやりましたんや。わしがボイン歌ったら、プールサイドの連中がワーッと笑ったんや。笑いすぎてプールにどっぼーんハマってるもんもおったわ。ほんなら当時毎日放送のプロデューサーをやってた方がーーもう亡くなりましたけどなーー「これレコードにしたらええかもしらん」言うてね。そんなん、それまで自分のレコード作るなんて意識の片隅にもなかったわ。
ーーそれが当時で80万枚の大ヒットですもんね。
月亭可朝:当時弟子(現・月亭八方)がおって、懐に1万円あったから、五千円ずつ分けて、発売日にレコードを買いに行こう言うて。一軒でみな買うなよ言うて。ほんならな、1枚しか仕入れてないねん、レコード屋。まあ、こんな可朝のボインのレコードなんて誰が買うねんいうところやな。だから、ないねん。売り切れとんねん。でもラジオで流してるからみんな欲しいねん。こんな話聞きましたわ。俳優の陣内孝則さんが最初に買ったレコードが「嘆きのボイン」やったって。レコード屋のおやじに「これにしとき」って勧められたんがボインやったんやと。ほんでボイン持って家に帰ったらお母はんに、なんちゅうもん買うてきたんや言うて怒られたっていう話を聞きましたな。
ーーお聞きするお話がすべて伝説のようで、ぼーっとしてきました。そろそろお時間のようなので、最後に師匠から何かありましたら。
月亭可朝:あ、そうでっか。まあ、えらそうに言うてきたけど、わしは音楽を語れるような人間ではありません。ただギターを弾きながら歌にして、それが「ボイン」や「出てきた男」であって。それをずっとやってきて、それで飯を食ってきた。それだけです。
(取材・文=谷岡正浩)
『嘆きのボイン2017 / シャッシャッ借金小唄(借金のタンゴ2017)』
発売:2017年11月15日(水)
価格:¥1,800(税抜)
33 1/3RPM センターホール仕様
〈アナログ7インチEPトラックリスト〉
A面 SELF-COVER SIDE
A-1 嘆きのボイン2017<7inch mix>
A-2 シャッシャッ借金小唄(借金のタンゴ2017)<7inch mix>
B面 ORIGINAL SIDE
B-1 嘆きのボイン(Original LP ver.)Licensed by Myrica Music,ink.
B-2 借金のタンゴ(Original ver.)