ROTH BART BARONがUKの音楽文化にふれて手にしたもの 「チャンネルが一つ増えた感覚」
三船雅也(Vo/Gt)と中原鉄也(Dr)によるROTH BART BARONがUKにも活動の場を広げるべく、イギリスでEP盤&ミュージックビデオを制作するプロジェクトをクラウドファンディングサイト・CAMPFIREにて成功させ、見事音源が完成した。
ブラッドリー・スペンス(Coldplay・Bell and Sebastian・Radioheadなどを手掛けるエンジニア)やドイツ人女性映像作家ジュリア・ショーンスタットとともに音源やMV制作を実現した彼ら。今回は2人にインタビューを行ない、UKで掴んだ手応えや、各楽曲の解説、普段と違う現場を目の当たりにして受けた衝撃などについて、大いに語ってもらった。(編集部)
「(UKの音作りについて)“綺麗”という価値観を大事にしている」(三船)
ーーCAMPFIREでのプロジェクトが終わり、「Demian (UK mix)」と「ATOM (UK mix)」(いずれも原曲は『ATOM』収録)とリミックス音源が続々と配信リリースされています。活動報告を見ていると、何やら新曲も録り終えているそうで。
三船雅也(以下、三船):僕らの悪い癖で(笑)。すぐ足してしまうんですよね。
ーーファンにとっては嬉しいことだと思いますよ。まずはリミックスした楽曲について伺いたいのですが、これまでのディスコグラフィーのなかから今回の楽曲を選んだ理由は?
三船:これは僕らを呼んでくれたイギリスのスタッフとの話し合いを経て決めたものです。僕らは日本にいて日本語で歌うバンドなので、「今までの僕らの曲の中でUKやヨーロッパのみんなに伝わる音楽は何なんだろう?」というのをプロジェクト立ち上げ前から向こうのスタッフと長い時間をかけて、渡英ギリギリまで協議してきました。
ーー楽曲を決める過程で、自分たちや日本のリスナーが選ばないような意外なチョイスもあったりしたのでしょうか。
中原鉄也(以下、中原):僕らも向こうの意見をなるべく尊重しようと思っていたし、実際、そこまで意外だという選曲はありませんでした。
三船:最終的にはお互いに「もうこれしかないよね!」という感じでした。あとはプロデューサーのブラッドリーが決めていった部分も大きいです。僕らとスタッフで話し合ったあと、ブラッドリーに話すという流れでした。音を任せるスタッフが乗り気になってくれたほうがもちろん良いですし、それでいて言葉の壁を越えて……壁とも思ってないですけど、さらに音楽として純度の高い選択ができたと思います。
ーー聴いた感想としては、UKで作る意味を実感させられる繊細なサウンドメイキングがありつつ、どこか日本人にも聴きやすい印象でした。それはマスタリングを日本アーティストもよく手掛けているSterling Soundのライアン・スミス(代表作はアデル『25』やColdplay『X&Y』など)が担当していることも大きいのかなと思ったのですが、彼にマスタリングをお願いしたのは向こうのプランですか?
三船:マスタリングはいつも不思議な縁で決まることが多くて。ブラッドリーやイギリスのスタッフからもアイデアは色々出ていて、マスタリングの選択は前からトライしたかったのもあるし、グレッグ・カルビのいたあのチームは若いスタッフもいっぱいいるし、最近だとThe Nationalも手掛けていましたから。僕らとしても今回のプロジェクトは若い人たちといっしょにやりたいなとも思っていたので、それを向こうに伝えながら決めていきました。日本人がUKで録ったものがUSでマスタリングされるという変なトライアングルですよね(笑)。
ーーミックスは2人も立ち会ったんですよね? 向こうで体感したUKならではの経験や手法などがあれば教えてください。
三船:ミックスって、今まであったものの原型は崩さずに綺麗に整えるというのが日本のやり方だと思うんです。でも、ブラッドリーたちは原曲をバラバラにして作り直していて。向こうで「とりあえず最初のラフがブラッシュアップできたから」と言われてスタジオに行って、ブースで聴かせてもらった瞬間に、同じ食材で違う料理が作られたような気持ちになって、「リミックスというよりリバース(rebirth=再生)だ!」と衝撃を受けました。その時点までは不安でしょうがなかったんですけど、音を聴いて「このプロジェクトは面白くなる」と確信したんです。
中原:僕は最初に「Demian (UK mix)」を聴いて「ドラムの音が違う!」と思って。あとは今まで引っ込んでいた音が前に出てきて、その音がキーになっていくという過程を見ていて、全然違う曲になるなと感じていました。
ーー2人もやはり別物になったという印象だったんですね。こちらも完成した音を聴いて、ボーカル以外の音もレコーディングし直したとしか思えないくらい、音の位相が変わっていたので驚きました。
三船:実際にボーカル以外にも、足している要素はあるんです。作業が進む中で、向こうでも「他の音は無いか」と良い意味で悪ノリが始まって、どんどん新しいアイデアが浮かんだりして。でも、85%くらいはこれまでの音なので、大幅には変わらないはずなんですけどね。僕らの音楽って音にならないノイズのようなものがあちこちに散らばっていて、エンジニアさんがそれを取り除こうとして戦うことが多いんですけど、それをブラッドリーたちは大いに歓迎してくれました(笑)。
ーー最初にリリースされた「Demian (UK mix)」は、原曲だとイントロの歪ませたギターが前で電子音が後ろで鳴っているのに対し、今回のバージョンは電子音が前でギターが後ろに鳴っていて。どこまで偶然かはわかりませんが、原曲の「電気の花嫁」というテーマともさらにマッチしているように思えました。
三船:ブラッドリーと、彼のサポートをしているアレックスという若いスタッフがいたんですけど、作業をしながら話しているときに、彼らは音楽の向こうから見えてくる映像のことを常に意識しているんだなと感じたんです。「これは〇〇の景色が見える」と言って、そのイメージにあった映像を流しながらミックスをしたり。映像的に音楽を捉えているというのがよくわかりましたし、僕も楽曲制作のときに同じような手法を使うので、価値観が似ているなと思って安心しました。映画音楽とかにも近いかもしれないですね。
ーーなるほど。あと驚いたのは、原曲では厚めに重ねていたサビのコーラスを削っていること。もっと音響的になるのかと思ったら、サビのコーラスは逆に削ぎ落としていて、そのぶん間奏のセッションをもっと複雑にしているというバランス感も面白かったです。
三船:オンオフの価値観が全然違いますよね。あと“綺麗”という価値観をすごく大事にしていて。アメリカやカナダは手付かずの自然が残っていて、「自然は俺たちの手に負えないんだ!」と言わんばかりに粗野なサウンドなんですよね。でも、ロンドンは東京にも少し似ているんですけど、例えばイングリッシュガーデン一つとっても怖いくらいにシンメトリーであったり、人の手が加わったものに美しさを感じるなあ、と。人工的なものと自然なものの混ざり具合は、そのあたりから生まれた感覚なのかもしれません。日本人のほうがもう少しワイルドなのかも。
ーーどこか彫刻的な価値観ですよね。次にリリースされた「ATOM (UK mix)」は、ギターのリフから始まって、徐々にサウンドが厚く濃くなっていくという原曲に対し、今回は最初から音像が豊かで。気になったのは、イントロから最後まで終始入っている謎の金属音なんですが……。
三船:スラッシュしてるやつですね。あれは僕たちが沢山入れている秘密のノイズの一つです(笑)。
ーーコーラスの重ね方も印象的なのですが、これも全て録り直したのでしょうか。
三船:今回に関しては録り直しは結構したんですけど、最終的にどの声が使われているかは謎ですね。
ーー「Aluminium」は、原曲の優しいギターから始まるイントロではなく、フィードバックノイズからスタートして、イントロからずっと薄くコーラスが重なっていたりと、これも面白いアレンジでした。(※「Aluminium (UK mix)」は近日配信予定)
三船:この曲はあえて濁さずに、サウンドスケープが見えてくるような作品作りをしようと話していたなかで、ブラッドリーから上がってきたアイデアです。原曲のボーカルはiPhoneのマイクで録ったので、昔のマイクみたいにノイズが乗るんですけど、そこを利用して工夫してくれたんだと思います。ノイジーなところを更に増幅させてくれた。
ーー原曲は『化け物山と合唱団』に収録されていますが、この時期のROTH BART BARONは宅録感が強い作品が多くて。でも、今回のバージョンでは大きくスタジオミュージックに生まれ変わっている。反響も計算されて録っている、ライブに近い音のように聴こえました。
三船:まさしくそうですね。安直な喩えかもしれないですけど、サッカースタジアムが見える感じになった。サッカースタジアムでライブをやるカルチャーの国ならではの音なのかもしれない。僕らもスケールの大きいサウンドになることは求めていたし、彼らもその可能性を感じてくれていたみたいなので、この曲に関しては特にハマったんだと思います。『化け物山と合唱団』のときは、自分たちで、自分たちだけの為に音を作っていたんですよ。こんな多くの人に自分たちの音楽を聴いてもらえるなんて思ってなかったし、ましてやイギリスに行けるなんて想像もしてなかった。でも、文字通り僕らは部屋を出て飛行機に乗って、会いたい人に会って好きな音を作れたんです。それは間違いなく音にも出ているし、経験したことを踏まえて完成した音楽なんだと思います。
中原:僕は原曲のレコーディングには参加していないので客観的に見れるんですけど、全体的に宅録感が消えていて、色んな隠れた音が出たことで、アコースティックよりも電子的なものが聴こえるようになったというのは、聴いている人からしても「アコースティックではないなにか」という変わった音像が見えるようになってきました。リミックスってあんまり気付いてもらえないことのほうが多いんですけど、ここまで変化すると色んな人にも楽しんでもらえると思います。