『三菱UFJニコス Presents 松任谷由実コンサートツアー 宇宙図書館 2016-2017』最終公演レポート
松任谷由実はさらに先へと進む 自己最長ツアーで見せた濃密なエンターテインメント
60’s風のドレス姿で「何もきかないで」(1975年アルバム『COBALT HOUR』収録)を歌い、「ルージュの伝言」のアナログシングルのジャケット写真の話をしているとき、彼女は明るいトーンで何気なくこう言った。
「意識してないんですけど、私はユーミンの奴隷なの」
その後「……ちょっとシュールですか?」と続き、客席からは笑い声が起きたのだが、この言葉からは現在の彼女が手にしている強いモチベーションが伝わってきた。1972年のデビュー以来、40年以上に渡って誰もが認める日本のトップアーティストに君臨している松任谷由実。「卒業写真」「守ってあげたい」「春よ、来い」といった数々のヒット曲、そこから生み出されるポップアイコンとしてのイメージをすべて受け入れ、時空を超えた“ユーミン”として存在し続けなければいけないーーその覚悟が「私はユーミンの奴隷なの」という発言につながったのだと思う。
9月22日、東京・東京国際フォーラム ホールAで行われた全国ツアー『三菱UFJニコス Presents 松任谷由実コンサートツアー 宇宙図書館 2016-2017』の最終公演。オリコンランキングで初登場1位を獲得した38thアルバム『宇宙図書館』(2016年11月)を携えた今回のツアーは、昨年11月に神奈川・よこすか芸術劇場からスタート。約10カ月で42都市80公演を回ったツアーは、彼女のキャリアのなかでも自己最長かつ最多本数となる。ツアースタート時に「1ステージ、1ステージ、魂をこめて、何があってもくじけない、強い希望の光をみんなに送りたい。これが最後のロングツアーになったとしても悔いのない、最高のツアーにしたいと思っています」とコメントしたユーミン。ファイナルとなるこの日のライブで彼女は、時間と空間を超越した「宇宙空間」の世界を大スケールで描き出す、極上かつ濃密なエンターテインメントを見せてくれた。
今回のツアーは「“宇宙図書館”という異次元への旅に誘う」とのコンセプトで制作された。ユーミン自身が旅の案内人となり、最新アルバム『宇宙図書館』の収録曲と「ひこうき雲」「リフレインが叫んでる」などの代表曲を交えながら、時代、空間を超えた音楽の旅を体感できるというわけだ。ライブはアルバムのタイトルチューン「宇宙図書館」で始まった。高さ9メートル、幅18メートルの図書館のセット、ピエロに扮したパフォーマーなど、シアトリカルな雰囲気とともに会場全体が「宇宙図書館」の世界観に包み込まれる。シックな千鳥格子柄のスーツを身にまとったユーミンは「こんばんは! 最後の“宇宙図書館”にようこそ! みなさんは宇宙図書館と聞いて何を思い浮かべるでしょうか? 私は図書館こそが宇宙の入り口だと思います。そろそろ列車の時間のようですね。図書館発、宇宙行きの最終便。お忘れ物はないですか? では出発です!」とアナウンスし、観客を「宇宙図書館」の旅へと導いた。
まず印象的だったのは、新旧の楽曲のつながりの良さだった。80’sテイストのシンセを軸にした壮大なナンバー「AVALON」(『宇宙図書館』収録)からエキゾチックな神秘性を放つ「BABYLON」(1985年アルバム『DA・DI・DA』収録)へ。ビッグバンド風のサウンドが印象的な「月までひとっ飛び」(『宇宙図書館』収録)からオールディーズのテイストを取り入れたヒット曲「ルージュの伝言」(1975年アルバム『COBALT HOUR』収録)へ。最新作と30年、40年前の楽曲を並べているのだが、まったく違和感がないのはもちろん、お互いの楽曲の良さを引き立てる有機的なケミストリーが生まれていた。
アルバム『宇宙図書館』は1972年のデビューから培ってきた、彼女自身の音楽的なルーツが総合的に体感できるアルバムでもあった。60年代のイギリスのロック、70年代のアメリカのシンガーソングライター、80年代のAORなどのテイストを意図的に取り入れ、自己模倣に陥ることなく、現代的にアップデートされたポップソングに結びつける。『宇宙図書館』で達成した成果は、ライブで過去の名曲と合わさることで、さらに豊かな音楽世界へとつながっていたのだ。
ユーミンのライブの大きな魅力であるエンターテインメント性も確実に進化していた。「影になって」(1979年アルバム『悲しいほどお天気』収録)では、ステージに降ろされた紗幕にダンサー4人のCG映像を投影。ユーミン自身の動きとシンクロさせることで、華やかなダンスシーンを演出した。さらに「夢の中で~We are not alone,forever」(1997年アルバム『スユアの波』収録)では、ピエロと操り人形に扮したダンサーがワイヤーアクションを使ったパフォーマンスで楽曲の世界観を引き立たせていた。また「リフレインが叫んでる」(1988年アルバム『Delight Slight Light KISS』収録)では歌詞の文字(“悲しげに叫んでる”“二度と会えなくなるなら”など)をバラバラにして立体的に映し出し、ユーミンの言葉の強さをアピール。ライゾマティクス制作の最新鋭の映像、卓越した技術を持つパフォーマーの肉体性をバランスよく共存させたステージ演出は、現在の日本のシーンにおいても完全にトップレベル。80年代から一貫してコンサートのエンターテインメント化を進めてきたユーミンだが、そのクオリティは今回のツアーによって大きく向上したと言っていい。シックなスーツからオールディーズ風のワンピース、クレオパトラ風のコスチュームまで、数曲ごとに披露される衣装も最高だった。