細野晴臣が誘う、20世紀音楽への旅 京都・磔磔で至福のライブを見た

 細野晴臣の『初夏ツアー2017』最終公演が7月18日、京都・磔磔で行われた。祇園祭が開催されている初夏の京都、しかも会場は40年以上の伝統を持つ老舗のライブハウス。言うまでもなくきわめて貴重なライブだったわけだが、その内容は本当に素晴らしいものだった。ラテン、ジャズ、ブルース、カントリー、エキゾチカ、ブギウギ、ロックンロールといった音楽を再解釈・再構築し、優れた技能を持つミュージシャンたちとともに開放的なポップミュージックへと昇華ーーそれはまるで20世紀の音楽の歴史のなかを旅しているような、得難い体験だった。

 この日のライブは女性限定。ただし女装した男性は入場できるとあって、異形の男性の姿もちらほら(筆者もスカートを履いて入場しました)。開場時間の17時半には夕立も上がり、爽やかな空気が漂っていた。

 開演時間の18時になると、バンドメンバーの高田連(Gt)、伊賀航(Ba)、伊藤大地(Dr)が2階の楽屋から降りてきて、ステージに上がった。最初のナンバーは「Si Tu Vois Mère」。1920年代から50年代にかけて活躍したクラリネット/ソプラノサックスの奏者、シドニー・ベシェの素朴なメロディが口笛で演奏され、ゆったりと穏やかな雰囲気が広がる。続いて1930年代に一世を風靡したジャズシンガー、ジョセフィン・ベーカーの歌唱で知られる「La Conga Blicoti」をバンドが演奏しはじめると、会場後方の階段から細野が登場。ステップを踏みながらステージに上がり、アコースティックギターを弾きつつ渋味の効いたボーカルを響かせる。酒蔵を改築した会場の素朴な音響も、オーガニックな響きを備えたバンドの演奏によく似合っていた。

 最初のMCではまず「女性限定なんて図々しいことを言ったのは僕じゃなくて、スタッフなんです。去年の七夕にも女性限定ライブをやったんだけど、会場がエロスで満ちるのかと思ったら、母性愛で満ちて(笑)。今日もそんな感じかな」というトークで会場を和ませる。さらにバンドメンバー3人を紹介し、「僕も(7月)9日に70になって。70になったら引退するって決めてたんだけど、翌日がライブだったから、復帰して。一昨日の大阪が2回目、今日が3回目。初心者ですから、温かい目で見てください」と話した後、サンバ歌手のカルメン・ミランダが1939年にヒットさせた「South American Way」、映画『Anna』(1951年)の劇中歌「El Negro Zumbon (Anna)」をカバー。20世紀のラテン音楽の魅力を伝える演奏で観客を沸かせた。「これからはラテンバンドを目指します。みんな、オリジナル曲ばっかりやってるけど、自分はそういう年齢ではないんですよ。いまオリジナルを作ってますけどね、ライブはこういうのが楽しくて」という言葉も印象に残った。

 ライブ前半のハイライトは「北京ダッグ」。細野のアルバム『泰安洋行』(1975年)に収録されたこの曲は、横浜中華街をモチーフにした異国情緒漂うナンバー。1950年代のエキゾチカをオリエンタルな日本語のポップスへと結びつけたこの曲は、細野の音楽性のひとつの側面を象徴する作品と言えるだろう。楽曲の本質を残したままリアレンジされた演奏も絶品だ。


 「スターダスト」「我が心のジョージア」などで知られる作曲家ホーギー・カーマイケルの「香港ブルース」のカバーを挟み、ライブはブルースの色合いを強めていく。まずは「左腕が上がらないんです。70才にして五十肩。若返ったってってこと?」というMCから「バナナ追分」。アルバム『HoSoNoVa』(2011年)に収録されたこの曲(原曲は細野とCoccoのデュエット)の歌詞は、星野源との共作。〈身体が揺れる/世も揺れる〉というラインに高田連のボトルネックが絡み、オーセンティックなブルースと日本的な抒情性が同時に広がる。続く「Roo Choo Gumbo」(アルバム『泰安洋行』収録)ではどこか魔術的なメロディが響き渡り、会場を混沌とした雰囲気へと導く。沖縄音階を交えた高田のギターソロも、細野の越境的な音楽世界を際立たせていた。

 トロピカルなムードが漂う「ジャパニーズ・ルンバ」(アルバム『はらいそ』収録)、ロカビリーを下敷きにしたシャープな演奏による1950年代のロックンロール「Suzie Q」を披露した後は、なんと“チークタイム”へ。

 「昔はライブじゃなくて“ダンパ”。“バラードやってくれ! チークタイムなんだよ”なんて言われるんですよ。僕は中学生だったんだけど、そんな曲できるわけないですよ。ベンチャーズしか知らないんだから(笑)」「勇気がある人は、ここに上がってきて踊ってください」というMCとともに、ナタリー・コールの歌唱で知られる「Angel On My Shoulder」、レス・ポール&メリー・フォードの1950年代半ばのヒット曲「I’m Fool To Care」。深みのある色気を帯びた、細野の歌がとにかく素晴らしい。全曲ボーカル楽曲によるアルバム『HoSoNoVa』がリリースされた頃から、精力的なライブ活動を行ってきた細野。70代となり、ボーカリストとしての表現力はさらに増しているようだ。


 続いてはジャズ〜ブギウギのコーナー。リトル・リチャード、エルヴィス・プレスリーなどもカバーした「Tutti Frutti」ではジャズとロックンロールを見事に融合させ、〈イカしたリズムで今日もご機嫌〜〉という日本語の歌詞を乗せた「Back Bay Shuffle」では、ビッグバンド・ジャズの原曲を4人編成で再現(高田のスティールギターがホーンセクションの役割を担っていた)。さらに素晴らしかったのが「Ain’t Nobody Here But Us Chicken」。ジャンプ・ブルースの名手、ルイ・ジョーダンのブギウギ・ナンバーなのだが、洗練されたアレンジと生き生きとしたグルーヴが共存した演奏はまさに圧巻だった。ここ数年、ブギウギを演奏することに力を注いできた細野。リアルサウンドのインタビューで彼は「ブギウギという音楽も、ノリひとつでまったく違うものになってしまうんです。昔、僕が聴いていたブギウギは特別なもので、自分で出来るかどうかわからないまま演奏してきたんですが、数年前、メンバーのみんながコツを掴んだ時期があって」と語っていたが、高田、伊賀、伊藤を交えたアンサンブルはここにきてさらに精度を上げている。「いつもはピアニストの斎藤圭士くんに入ってもらってるんだけど、ピアノがない感じもいいね」という言葉からも、このバンドに対する信頼の高さが伝わってきた。

 本編のラストは、伊藤のドラムソロ、伊賀のベースソロを交えたオールディーズ・ナンバー「The House Of Blue Lights」、そして、細野のアルバム『S-F-X』(1984年)に収録されたロックナンバー「Body Snatchers」。バンドの演奏も熱を帯び、観客からは大きな歓声と拍手が巻き起こった。アンコールは「お祭りだしね。あまりやらない曲を」ということで、「幸せハッピー」(HIS/細野、忌野清志郎、坂本冬美)。ポピュラーミュージックの粋を集めたかのような、至福の時間は幕を閉じた。

 ライブ中のMCで「こういう音楽を提供している人は、他にいないだろうと思ってがんばってるわけです。恩を売ってるわけではなくて、好きでやってるんですけどね」と語った細野晴臣。20世紀の音楽に対する深い愛情と知識、それを現在の解釈で表現する技術とセンスは、まさに新たな高みへと達しようとしている。細野はこの秋、『HoSoNoVa』以来、約6年半ぶりとなるニューアルバムをリリース予定。11月から12月にかけて全国ツアー『細野晴臣 アルバムリリース記念ツアー』を開催する。それはまちがいなく、音楽の豊かさ、奥深さを心ゆくまで味わえるものになるだろう。(それにしても、こんなに素晴らしいライブを京都の磔磔で観られるとは……。女装した甲斐がありました)

(文=森朋之)

細野晴臣オフィシャルサイト

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