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『A Night in Chinatown』インタビュー

細野晴臣が語る、音楽の歴史をつなぐこと「本当におもしろいものは届いてくる」

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 細野晴臣が2016年5月7日〜8日に横浜中華街の同發新館で開催したライブイベント『細野晴臣 A Night in Chinatown』。その模様を収めたライブ映像作品(DVD/Blu-ray)『A Night in Chinatown』がリリースされた。細野が同發新館でライブを行ったのは、1976年の同日、アルバム『泰安洋行』(1976年7月リリース)のプロモーションとして開催されたコンベンションライブ以来、ちょうど40年ぶり。5月8日の公演で披露された全21曲を収録した本作『A Night in Chinatown』は、40年前のトロピカル3部作(『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』)の時期と現在の細野晴臣をつなぐ、きわめて貴重な映像作品と言えるだろう。

 今回のインタビューでは『A Night in Chinatown』を軸にしながら、1940年代前後のアメリカ音楽に対する思い、星野源、高田漣などのミュージシャンとの関わり、現在の音楽観、今年リリース予定の新作のビジョンなどについて幅広く語ってもらった。(森朋之)

「歌うのは昔より好きになってる」

ーー昨年12月、2016年5月に横浜中華街で行われた『細野晴臣 A Night in Chinatown』の模様を収めたライブ映像作品がリリースされました。このライブが開催されたきっかけは何だったでしょう?

細野晴臣(以下、細野):どうだったかな? 「40年前と同じ日に同發新館でライブをやるのはどうだろう?」という話が出て、僕も「それはおもしろいね」って思ったんでしょうね。

ーー40年ぶりの中華街でのライブ、いかがでした?

細野:40年前のライブは記憶が曖昧なんですが、中華街はあまり変わってないですよね。同發新館もまったく変わってなかったし。あの活気が何十年も続いているわけで、活き活きとした場所だなって思いますね。40年前も「北京ダック」を歌ったんですよ。あの曲は“中華街が火事”というシチュエーションなんだけど、誰からもクレームをつけられなくて。おおらかな街ですよね。

ーー『A Night in Chinatown』の1曲目も「北京ダック」ですね。

細野:そうですね。40年前の曲も、いまだにやってますから。つながってるわけですよ、自分のなかでは。もちろん大きく変わったところもあるけどね。いちばん自分で感じるのは年を取ったということですけど、40年経ってるんだから、しょうがないかなと。でもね、歌うのは昔より好きになってるんですよ。40年前はわりとキツかったし、イヤイヤながら歌ってたところもがあったので。とにかく人前に出るのが得意じゃなくて、スタジオでレコーディングするのが好きだったんですよね。ライブはほとんど念頭に置いてなかったんだけど、いまは逆になってます。体力は衰えましたけど、声だけは出るし、ライブはできるわけですよ。歌うのも楽しいし。

ーー近年の作品『HoSoNoVa』『Heavenly Music』も歌を中心としたアルバムでした。

細野:作るたびに歌のバランスが前に出てくるんです。そこも昔とは違いますね。

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ーーそれは何か理由があるんでしょうか?

細野:理由はわからないけど、そういうものが好きになったということでしょうね。1930年、1940年代のレコードを聴くのが好きなんですが、その頃の録音というのはマイク1本で、歌が前面に出ていて、楽器が遠くにいるんです。「そういうサウンドで十分じゃないか。すべての音が聞こえる必要もないし」と思ってたんだけど、最近のレコーディングシステムでは、そういう録音が難しくて。それがおもしろいし、挑戦しがいがあるなと思いながら2枚ほど作ったということですね。

ーー『A Night in Chinatown』もそうですが、最近の細野さんのライブでは1940年代前後の楽曲がカバーされていて。ライブのMCでも「懐メロではなく、いま好きな音楽」と仰ってましたね。

細野:そうですね。いまの音楽がおもしろければそれを聴くんでしょうけど……まあ、星野(源)くんくらいかな、聴いてるのは(笑)。最近は新しいものはそれほど聴かないけど、本当におもしろいものは届いてくるでしょ、自然に。そういうものがだんだん少なくなってるんですよ。逆に戦後の音楽とか、そのあたりの音楽は届いてくるんですよね、いまの自分には。10年に1度くらいそういう時期があるんです。ティン・パン・アレーをやってた20代の頃も新しいものを聴かなくなって、バンド仲間の鈴木茂と古いレコードばかり聴いてたことがあって。ディスクユニオンのいちばん奥にビンテージ・コーナーがあって、そこでレコードを漁っていたんだけど、それを1年くらい続けた頃に茂が僕に問題提起をしたわけですよ。「僕らはこのままでいいのか。不安になってきた」と(笑)。ちょうどその頃にSly & The Family Stoneが『Fresh』(1973年)を出して「これはすごい!」と目が覚めたんですけどね。

ーー音楽のフェーズを刷新するような作品に出会うことで、現在に目が向くと。

細野:そうですね。でも、いまの時代はこれまでと様相が違うかもしれないですね。グローバリゼーションによって音の均質化が進んで、世界的に同じレベルの音楽、同じ質の音楽が蔓延しているというのかな。どうしてそうなってるかは分析できないけど、いまの音楽は僕にとってあまり意味がないんですよ。

ーー『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』に色濃く反映されていたエキゾチカは、言ってみれば辺境の音楽だったと思うんです。グローバル化によって、そういう音楽がなくなりつつあるのかもしれないですね。

細野:まあ、なくなってはいないだろうけどね。あとね、これは自分の問題でもあるんですよ。あらゆる音楽を聴いてきて、もう聴くものがほとんどないと思うときもあるからね、ときどき。それは自分の感覚が限界に来ているということであって、それを超えるとまた新しい音楽が入ってくるから。僕にとっての新しい音楽は、大昔のものだったりするんですけどね。いままで聴いたことがない曲を知ると、興奮しますから。

ーー細野さんにとっては、古い音楽こそが新しいわけですね。

細野:以前はヒットチャートに上がってくる曲に興奮していたんです。「どこかで聴いたことがあるけど、初めて聴くサウンドだな」っていう。伝統的な流れを踏襲した革新的な音楽というのかな。ヒット曲とはそういうものだと思って育ってきたけど、いまはそうではないので。だったら昔の埋もれていた音楽を聴くほうがいいし、発見や驚きもあるから。30年代、40年代の音楽を発掘しているというか、汲めども尽きないと感じることもありますね。メディアに乗ってこなかった鉱脈、埋もれたままになっている音楽も、いまの時代は聴けるようになってるし。「え、こんな曲があったの?」ということも多いし、そういう音楽を懐かしいと感じたことはないですね。子供の頃に聴いていた歌謡曲は懐かしいけど、それはまた違う楽しみ方ですね。

ーー『A Night in Chinatown』で演奏されたディズニーの楽曲「Heigh−Ho」に関しては?

細野:あれは半々というか、懐かしさもあるかな(笑)。ただ、昔のまま演奏するわけではなくて、いまの感覚でアレンジしてます。

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