『猛暑ですe.p.』リリースインタビュー

ヒグチアイが夏を彩る作品に込めた“女性の情念”とは 「裏テーマは『バンドマンの男はダメ』」?

 昨年11月にメジャーデビューアルバム『百六十度』をリリースしたシンガーソングライター、ヒグチアイが早くも新作『猛暑ですe.p.』をリリースする。本作は、『百六十度』にも収録されていた表題曲の“e.p(えらいポップ)ver.”をはじめ、その“後日談”を描く「残暑です」や、レコーディング未収録曲の「夏のまぼろし」など全7曲を収録。儚くて刹那的な季節である「夏」をテーマに、女性の情念を赤裸々に綴ったヒグチらしい楽曲が並んでいる。

 前回のインタビューで、「好きなことをやっている時ほど、自分は頑張っていないんじゃないか?と考えてしまう」と話してくれたヒグチ。他愛のない恋話なども織り交ぜつつ、今回はそうした負の感情をも作曲のモチベーションに変えていく、彼女の“シンガーソングライターとしての矜持”を垣間見た気がした。(黒田隆憲)

 「楽しもうと思っても、結局は全部にひねくれた要素が入ってしまう」

――ちょうどこのインタビューの直前に、フジロック出演の発表がありました。おめでとうございます。今回が初ですよね?

ヒグチ:ありがとうございます。そうなんです。私、普段あまりフェスなどに行ったことがなかったんですけど、去年初めて遊びに行ったフジロックに、今度は出演者として行けるなんて本当に光栄です。メチャメチャ楽しかったので。

――どの辺が楽しかったですか?

ヒグチ:来てるみんなの楽しみ方が自由すぎて!!(笑)。1日中走り回ってる人もいれば、お酒飲みながらゆったりステージ眺めてる人がいたり。ただただその場で、それぞれの楽しみ方で音を浴びたり感じたりしているのって最高に贅沢だなと。 そして、そんな場所で自分の音楽も鳴らせるのかと思うと、今から楽しみで仕方ないです。ただ、テンション上がり過ぎると歌えなくなっちゃうので、ちゃんと落ち着かなきゃ(笑)。イメトレをしっかりして挑みたいと思います。ピアノ弾き語りではなく、アコースティックな編成で出るつもりです。

――昨年11月にアルバム『百六十度』を出してツアーも行ない、フジロックも決定して。ヒグチさんの音楽がより多くの人に届くのを実感していると思うのですが、前回のインタビューおっしゃっていた、「自分は頑張っていないんじゃないか?」みたいな焦燥感や、自信のなさについては、少しは解消されました?

ヒグチ:その辺に関してはあまり変わらないですね。おそらく人から何を言われても、そんなに変わらないというか……。そういうところがネガティブなのかもしれないですけど、「自分はこうだ」って明確に思っているから、人から「いい」と言われても、「いや、そうじゃないんですよ。頑張れてないんですよ」って言っていたいのだと思いますね。だから、デビューして私の歌が色んな人に届いていることは実感できても、それで自分まではなかなか変わらないんだなと痛感しましたね。いつになったら変わるのかな、このまま変わらなかったらそれはそれで「勝ち」なのかも。

――(笑)。確かに、人の評価に自分の自信が左右されてしまうのも、それはそれで危ういと思うから、そのくらいの方がいいのかもしれないですね。

ヒグチ:そうですね。人の評価で自分が変わらないのはいいと思う。ただ、ずっと自信を持っていられる自分だったら良かったなとは思います。その状態で、人に何言われても一貫していられるならいいんですけど、自分に自信のない状態というのがベースだから。私Twitterでエゴサとか必ずするんですけど(笑)、それで否定的なこと書かれてあっても、「あ、やっぱりね」って思ってしまう。

――まあ、物議を醸し出す歌詞が多いですし、その辺は仕方ないのかもですね。

ヒグチ:それだけ話題にしてもらえているというのはありがたいことだとも思っています。

――今作『猛暑ですe.p』は、表題曲以外は書き下ろしになるのですか?

ヒグチ:そうです。前回のアルバム『百六十度』は、本当は夏に出す予定で、「夏のまぼろし」もアルバム用に書いていたんですけど、発売が11月に延びてしまったために選曲から漏れてしまったんですね。それと「猛暑です」以外の曲は、『百六十度』リリース後に書いた曲たちです。

――すごい創作ペースですよね。活動の順調さが伺えます。

ヒグチ:いやあ……。ほんっと、曲を書くのって大変だなと思いました(苦笑)。今までは、27年間生きてきた中の、ある時期のことを思い出して書けばよかったのが、半年間で何曲か作るとなると、それだけ書くべきことを思い出さなきゃいけなくて。例えば今幸せだったら、幸せな曲を一つ二つ書けるかもしれないけど、以前の感情を思い出しながら歌詞を書こうとすると、頭では覚えていても心が覚えていないという状態になって結構しんどいんです。

――例えば?

ヒグチ:例えば今作は「夏」がテーマなんですけど、「夏の風景」って色々あると思うんですよ。楽しい風景もあれば、寂しい風景もある。でも、「楽しかったこと」って今思い出そうとすると、寂しい気持ちになってしまうじゃないですか。その、「楽しかった風景」だけは頭の中にいっぱいあっても、それをそのまま出せない。

――「あの頃は良かったな」っていう寂しいフィルターを通ってしまうんですね。

ヒグチ:そうなんです。特に夏はそうですね。大好きな季節だし、その瞬間は楽しんでいるけど、終わってしまって思い出すときは淋しい気持ちになりがちなんだなと。しかも、それを思い出しながら曲を書いていたのが冬だったし。今まで季節の歌は、その季節が来たから書くことが多かったので、それがないのに書くのは結構難しいことなんだなと改めて思いました。

――しかも、夏が過ぎて寂しい気持ちで書いた曲を、これから夏真っ盛り! という時期にリリースするねじれも面白いですよね。ジャケットも、真夏なのにボア付きのコートを着てソフトクリームを舐めているっていうひねくれっぷり(笑)。

ヒグチ:アハハハ、恥ずかしい! 結構、シリアスな歌詞が多かったので、自分はつまらない人間と思われているんじゃないかと思い(笑)、今回は歌詞も含めて遊び心も加えたかったんです。結局、書いてみたらシリアスなテーマの曲が多くなっちゃったんですけど、その中にも楽しさとか、遊び心、自由みたいなものがあったらいいなと。ただ個人的にジャケット写真は、もっと可愛い方が良かったな。可愛いのもあったはずなのに!(笑)。

――ユーモアという意味では、「ラジオ体操」はコミカルな表現がたくさん散りばめられていますよね。それでいて、<追い風がきみを進ませて 向かい風が支えてる いつだって真ん中 きみがいる だから一人じゃないんだよ>なんていう表現もあって、一筋縄ではいかない応援ソングになっている。メロディも名曲「まっすぐ」に通じるものがあって、個人的には一番好きです。

ヒグチ:嬉しいです。私、どこかひねくれてるところがあって、ふざけようと思っても、楽しもうと思っても、結局は全部にひねくれた要素が入ってしまう……。それがヒグチアイの色なのかなとも最近は思ってきましたね。そんな性格のせいで、私生活では迷惑をかけることも多いんですが、アーティストとしてはそれでいいかなと。そこは肯定できるようになりました。

――そういうご自身の「ひねくれ具合」って、曲を作ることでより明確になるというか、客体化されたりもしますか。

ヒグチ:それは本当にありますね。Aメロ、Bメロ、サビと書いて、2番では全く違うことを言いたくなることもしょっちゅうあるし(笑)。それで収拾つかなくなる。最初は「怒ったことを書こう」とシンプルに考えていたのに、「いや、でもきっと事情があったんだろうし、相手の気持ちを考えると……」みたいになってきて。そうするとストレートな歌詞だと段々落ち着かなくなってきて、さらにテーマも膨らんでわけわからなくなるっていう。なので、そういう自分の面倒臭い思考回路はともかく、曲としてのゴール地点は、もっと前に設定しなきゃなと思っています(笑)。怒ったことを書くなら、「怒ってる」というところで止めておこうと。

――なるほど。今回、テーマを「夏」に限定したぶん、歌詞の焦点が絞り込まれた部分もあるかもしれないですね。

ヒグチ:それはありますね。人生がテーマだと、今すぐ終わりにできないぶん答えも出しにくいし、この先のことももっと考えたいって思うけど、基本的に夏は毎年必ず終わるものだから、「一つの恋が終わる」じゃないけど、そこで一旦完結させられるっていうのは、歌詞を書く上で大きかったかもしれない。色々あっても、そこで終われるのは季節のいいところなのかなと。

――しかも夏は、他の季節に比べて刹那的なイメージが強いですしね。

ヒグチ:そうなんですよね。なんか、始まりも突然だし、知らぬ間に秋の気配が訪れるし。短くて刹那的なぶん、感情もいろいろあって、思い出せることもいっぱいある。

――表題曲は“えらいポップver.”となっていますが、具体的にはオリジナルとどこが変わったのでしょう。

ヒグチ:基本的には変わってないのですが、イントロのピアノにちょっとだけ音を足したり、間奏部分を短くしたりしています。「尺が短い方がラジオでかかりやすい」とか言われて、「私、この間奏気に入ってるんだけどな」と思いながら作り直したから本当は“大人の事情ver.”にしたかったんですけど(笑)。それだと角が立つので“えらいポップver.”と改名しました。短くした間奏も、新たにピアノソロを加えるなどいろいろやっていくうち、段々好きになってきましたね。

――とてもいいと思いました。ちょっと映画『ラ・ラ・ランド』の「Another Day of Sun」っぽいムードがありますよね。

ヒグチ:あ、確かに。実際、あの映画を観に行った後に作ったから、多少は影響あるのかもしれない。「ちょっとクラシックっぽくなっちゃったかな」って思ったんですよ。もうちょっとゴチャゴチャした感じにしたかったし。それでドラムやギターもちょっとゴチャゴチャした感じにしたんですけど。とにかく、あの間奏を考えるのは大変でしたね。

ヒグチアイ / 「猛暑です -e.p ver-」ショートヴァージョン

ーー歌詞についてもお聞きします。この歌の主人公は、あまり幸せな恋愛をしていないわけじゃないですか。捉え方によっては“道ならぬ恋”にハマってしまっているようにも取れるし。

ヒグチ:ああ、そうですよね。最近、私の「備忘録」という曲が、不倫をしている人たちの間でめっちゃ広まってるという話を聞いて(笑)。なるほど、そういう解釈もあるのかと感心しました。みんな、私自身が考えていたこと以上のことを、いろいろ考えながら曲を聞いてくれているんですよね。

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