書籍『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』特別企画

tofubeats×ジェイ・コウガミ、名著『誰が音楽をタダにした?』を語る 音楽はネット時代にどう生き抜くか

 昨年刊行された書籍『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット著/早川書房刊)が評判を呼んでいる。ノンフィクション本である同書は、著者であるスティーヴン・ウィットが調査と取材、執筆に5年をかけ、音楽が“フリー”になるまでの流れを追った書籍だ。

 今回、リアルサウンドでは、tofubeatsとデジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミ氏を招き、同書をもとに対談を行った。フリーダウンロードをはじめ、様々な方法でネットを使って音楽を制作・リリースしてきたtofubeats。そして、国内外のデジタル音楽サービスやテクノロジーに見識のあるジェイ・コウガミ氏。それぞれの立場から、同書の面白さや音楽とインターネットの関係、さらに音楽カルチャーの今と未来についてまで、じっくりと語ってもらった。(編集部)

別々の軸で動いてきた音楽とテクノロジー

ジェイ:僕がデジタル音楽に関わり始めたきっかけもナップスターだったのですが、ナップスターは、当時のインターネットの世界を象徴していたと思っています。ストリーミングやフリーダウンロードも、その文脈を引き継ぎながら始まったものなので、本書は「違法ダウンロードというものがありました」というだけではなく、その後に続くインターネットの歴史を書いた本でもあるという印象を受けました。

tofubeats:僕も中学生くらいの時にナップスターを使っていました。当時はインターネットをやってる人間特有の帰属意識があったと思います。P2Pやナップスターを使って、使命感に駆られて曲をアップロードしたり、一晩かけてアルバム1枚をダウンロードする。そういった当時のインターネットを取り巻く雰囲気を思い出すことができました。インターネットを使っている人の高揚感や、悪意のない違法ダウンロード、アップロードをここまで描いた本は、今までなかったと思います。なので、僕らみたいな世代からすると青春小説のようでもあり、当時の自分たちを思い出す感覚もありました。

tofubeats

ジェイ:あの頃の自分は何をやっていたんだろうと思い出せますよね。

tofubeats:そうですね。あと、和訳は『誰が音楽をタダにした?』ですが、原題は『HOW MUSIC GOT FREE』なんですよね。その「フリー」には、きっと「無料」だけではなくて「自由」というニュアンスもある。音楽が「フリー」になっていく流れも記録されている本だと感じました。

ジェイ:インターネットが出始めた頃は、フリーが故に今までアクセスできなかった情報に手が届くようになったという魅力がありました。ただ、それが今になり、技術が発展しながらも、様々なしがらみや制限があり、フリーを最大限に活用した理想の形を実現するのは難しいということもわかってきた。さらに音楽の世界になると、「フリー」というものが誤解されやすくもある。配信は実はIT業界の中の話であって、音楽とはまた別軸の話です。だから、根本的な考え方や思想も異なりますし、必ずしも常に同じ方向を向いてるわけではない。そういうことを考えると、インターネットと音楽がどう関係を結んでいくのか、現状だとまだ発展途上の状態にいると僕は考えています。tofubeatsさんはフリーダウンロードも積極的に行っていますが、「フリー」というものを、どう捉えていますか?

tofubeats:フリーの最大のメリットはレスポンスにあると思っています。お金を払うというハードルは、小学生や中学生にとっては高い。でも、フリーであればパソコンさえ持っていれば曲を聴くことができる。僕は、タダで音楽を配って聴いてもらえて、リアクションが数字に反映されること自体に喜びや充実感を感じていました。そういう意味では、フリーであっても対価はもらっていたと思っています。あとは、「気前がいい」というのもありますよね。フリーで音楽を配っている人が代金をとる形でリリースをした時に、事前に作品に触れるチャンスが広がっているので、「このアーティストだったら買ってみよう」と思いやすいと僕は考えてるんですよね。なので、最終的にどちらが売れるかを判断するのは難しいですけど、興味を持ってもらえる可能性を増やすという意味で、フリーで配るのは、作品を売ることに対しても効果があると思っています。僕の場合は、そもそもフリーで配っていた音楽をレーベルの人が聴いて声が掛かったという経緯もありましたし。

ジェイ・コウガミ

ジェイ:僕はtofubeatsさんはインターネットから出てきたアーティストの代表だと思っています。その理由は、フリーダウンロードをやっているということに加え、自分のコミュニティを持ち、その中で活動しているからです。メジャーのレコード会社と契約して大きなライブハウスを埋めて武道館を目指すという、今までのロジカルな流れの中とは違うところで、tofubeatsさんは自分のスタンスを成立している。そしてそれを共有できる仲間がいて、サポート体制もある。そういう意味では、tofubeatsさんは決して一人で成功されている方ではなく、キャリアの積み方やハブ的な役割も含めて、インターネット的であると思います。

tofubeats:実際そうだと思います。去年設立10周年を迎えた<Maltine Records>で、僕たちがいろんな音楽をコラージュしてアップロードしていたのと、この本の内容は全く同じ時代の話なんですよね。この本が面白いのは、別々のところにいる三者がそれぞれ帰属意識や使命感を持っていて、その使命感ってどういうことなんだろう? と問いかけられるところ。MP3の圧縮技術を作りたい人たちの使命感や願い、メジャーレーベルの音楽を売るという仕事、そして違法アップロードしてる人たちの、たくさんの曲を手中に収めたいというコレクション意欲やシーンに認められたいという欲求。その三者の利害が衝突したりしなかったりするわけですが、誰も音楽をタダにしようと思ってないし、かと言って、誰も音楽のことを一番大事に思ってるわけでもない。それがこの本のミソだと思うんですよ。

ジェイ:僕もそこがすごく面白かった。登場人物はそれぞれ別のミッションに向かって進んでいく。成功している人もいるけど、すごく不器用で、思い立ったら一つのことをやり続けることしかできない人もいる。リークのグループから認められたいとか、こいつの鼻を明かしてやるとか、絶対負けねえぞという思いに駆られて前にドライブしていくわけで、そこに音楽は入ってないんですよね。誰一人音楽の話をしていない。

tofubeats:そうなんですよね。日本でも音楽のサブスクライブが始まった当初は批判が相次ぎましたし、僕も大学生くらいの時に、「フリーダウンロードをやってるやつは、音楽のことを大事に思っていない冷徹な人間だ」みたいなことを言われたことがありました。でも、そうではなくて、「一人でも多くの人に聴いてもらうんだ」と思っていました。むしろロマンがあるじゃないですか。フリーダウンロードで聴けるからこそ、世界の誰に届いているのかわからないわけだから。そういうことが人に伝わらずに葛藤することがここ数年多かったので、この本を読んでくれたらわかるんじゃないかと思います。

 

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