『SHANTI sings BALLADS』リリースインタビュー
ハイレゾも人気のSHANTI、ジャズを歌う理由と「空気を通して聴く音楽」の重要性語る
ジャズのテイストを取り入れたオーガニックなサウンド、楽曲の世界観、物語を的確に伝える豊かなボーカル表現が魅力のSHANTIが、バラードのカバー曲を集めた『SHANTI sings BALLADS』をリリースする。「Your Song」(エルトン・ジョン)、「Across The Universe」(ザ・ビートルズ)などの既発曲に加え、映画『サバイバルファミリー』(2017年2月公開/監督・矢口史靖)の主題歌「Hard Times Come Again No More」(スティーブン・フォスター)をはじめとする3曲の新録曲を収録。アコースティックな手触りの音響、繊細さと品の良さを兼ね備えた歌をじっくりと味わえる、質の高いボーカルアルバムに仕上がっている。
2015年のアルバム『KISS THE SUN』が『第22回日本プロ音楽録音賞』を受賞、ハイレゾ配信で好セールスを記録するなど、“音の良さ”でも知られるSHANTIの音楽。今回のインタビューでは『SHANTI sings BALLADS』の制作を中心に、音へのこだわり、彼女自身の音楽的ルーツなどについても語ってもらった。(森朋之)
「スタンダード・ナンバーはなるべく避けてきた」
ーー新作『SHANTI sings BALLADS』はバラードのカバー曲を集めた作品ですね。
SHANTI:はい。いままで発表してきたカバーのなかからプロデューサーが選りすぐったもの、さらに新曲を3曲収録しています。
ーーデビューから5年間の間にレコーディングしてきたカバーを改めて聴き直す機会でもあったのでは?
SHANTI:そうですね。1枚の作品にするにあたって、マスタリングをやり直したんです。それは歌というよりも全体のバランスの微調整だったんですが、聴き直してみて「けっこう時間が経ったんだな」って思いました(笑)。レコーディングしてから5、6年経っている曲もあるので、「歌い直したいな」という気持ちもありましたね。
ーーいま歌えば、また違った表現になるだろうと。
SHANTI:それはあると思います。この5年間ステージでしてきた経験、いろいろな人との出会いや別れのなかで、私の歌も少しずつ変わってきていて。歌の解釈というよりも、“馴染み”ですよね。同じ曲であっても、人生経験によって違って聴こえてくることがあると思うんですけど、それは私も一緒。デビュー当時の自分といまの自分では、感じ方に違いがありますからね。40歳くらいになったら、また歌い直してもいいかな(笑)。
ーー収録曲は「Fly Me To The Moon」などのスタンダード、「Time After Time」「Your Song」といった親しみのある楽曲が中心です。
SHANTI:実はデビューのときからスタンダード・ナンバーはなるべく避けてきたんです。その曲が有名かどうかよりも、歌詞やメロディ、メッセージに魅力を感じるものを歌いたいので。ジャズのスタンダードと言えば、どうしても「Fly Me To The Moon」「Moon River」という感じになるし、イベントなどではそういう曲をリクエストいただくことも多くて。もちろんそれが嫌だというわけではなく、もっといろいろな曲を歌わないと視野が広がらないと思っていたから。でも今回のアルバムに関しては、もっと多くの人の耳に届けたいという気持ちもあり、プロデューサーの意向もくみながら、みなさんが知っている曲を多く集めてみました。わかりやすい選曲になっているし、いままで私の曲を聴いたことがない方にも“シャンティ入門編”として手に取ってほしいなって。
ーー入り口としてのアイテムも必要だと?
SHANTI:そうかもしれないですね。いまは「こういうアルバムもいいな」って思うので。自分の歌を客観的に聴いてくれているプロデューサーの目線で「これがいい」というもの選曲してもらっているし、そこは任せて良かったなと思います。
ーー生楽器の響きを活かしたアコースティックなサウンド、ジャズのテイストを反映したアレンジなど、デビュー以来、変わらないスタイルを味わえるのもこのアルバムの意義だと思います。
SHANTI:アコースティックなサウンドはすごく大事にしているし、ライブでもカラオケではなく、必ず演奏者と一緒に歌っているんです。私がイメージしているリスナーというのは「大人の音楽をゆったりと聴きたい」という方なんですよ。“休日の午後に料理しながら”とか“家族とのゆったりした時間”などのBGMにしてほしいなと思うし、大きな音でも心地よく聴こえるように作っているので。できれば空気を通して聴いてほしいんですよね。しっかりしたスピーカーで聴けば、広がりがあって、ふくよかな音を楽しんでもらえると思うので。
ーーシャンティさんの作品がハイレゾ配信でよく聴かれているのも、質の高い音を求めているリスナーに支持されているからですよね。
SHANTI:ハイエンドのオーディオファンにはぜひ良い環境で聴いてほしいですけど、「良い音とは何か?」ということになると、また話が長くなっちゃいますからね(笑)。私自身は圧縮された音があまり好きではないというか、長く聴いていると疲れちゃうんですよ。今回のアルバムに関しては、デジタルな音に慣れている今のリスナーのことも意識しながら、エンジニアと相談しながら決めていきました。上手く間を取れているといいんだけど、バランスは難しいですよね。あと、アルバムを聴いて「ライブに行ってみたい」と思ってもらえたらすごく嬉しいですね。大規模なポップスのライブはお祭りみたいというか、大勢の人たちと一緒に楽しい時間をワイワイ過ごすという感じだと思いますが、私はそうではなくて、じっくり、ゆっくり聴けるライブをやりたくて。そういうライブに興味を持ってくれる人が増えたらいいなって。
ーーアルバムに収録されている新曲についても聞かせてください。まず「Hard Times Come Again No More」は映画『サバイバルファミリー』の主題歌ですね。
SHANTI:この曲が映画のなかで流れる唯一の楽曲なんですよ。もともと矢口史靖監督が『LOTUS FLOWER』というアルバムに収録されている「MEMORIZE」を気に入ってくれていて、「同じような雰囲気でカバー曲をお願いしたい」というオファーをくれたんです。以前から映画の音楽に関わりたいと思っていたので、夢がひとつ叶った感じですね。映画の公開に先がけて、ライブでも歌っていきたいと思ってます。
ーーこの楽曲については、どんな印象を持っていますか?
SHANTI:スティーブン・フォスターがアメリカの大恐慌(1929年)のときに書いた曲なんですが、いまの社会にもすごく当てはまるなと思いました。映画は数年前から準備していたはずなので、公開のタイミングでここまで時代と合っているのはすごいなって。だからこそ、主題歌を歌うことの責任感もすごくあるんです。歌詞の意味が重く伝わり過ぎないように英語で歌ってるんですが、「これ以上、嫌なことが起きませんように」という願いですよね。
ーー当然、楽曲の背景を理解することも大事ですよね。
SHANTI:そう、歴史はすごく大事だと思います。カバーするときも、その曲の時代背景を理解したうえで、それをどう受け止めて、どう歌うのか?を考えているので。なかには疑似体験として歌うものもあるんですけどーーシンガーには女優的な側面もあると思うのでーー歌の表現は常に私の課題ですね。レコーディングに関しては、できるだけ生演奏といっしょに同時録音していて。理想を言えば、ファースト・テイク、セカンド・テイクで録れるのがいちばんなんですよね。そういう意味では、古い時代のやり方を大事にしているタイプなんだと思います。それがいまの時代に合ってるかどうかはわからないですけどね(笑)。マーケティングというポイントも考えなくちゃいけないんだけど、自分にとって大事なことを守りながら、音楽が好きな人に聴いてもらえたらいちばんいいので。
ーーそういう録音スタイルは、いまやすごく贅沢ですよね。
SHANTI:そうですね。データのやり取りで作っていくのもいいと思うんだけど、私はミュージシャンと一緒に演奏するのが好きなんで。みんなが周りの音を意識しながら演奏しているときの一体感というか。ジャズというと「上手い人がすごい演奏する」というイメージがあるかもしれないけど、私が残したいのはそうじゃなくて、演奏しているときの空気感、音の温度感なんです。温泉に浸かったときのような(笑)、ジワッとくる感じを大事にしたいんですよね。
ーー「Hard Times Come Again No More」の演奏には、ミッキー吉野さんがピアノで参加。ミッキーさんとは小さい頃から交流があると思いますが(ミッキー吉野とSHANTIの父親であるトミー・スナイダーは、ロックバンド“ゴダイゴ”で活動を共にしていた)、一緒にレコーディングするのはどんな感じなんですか?
SHANTI:ミッキーさんは叔父のような存在ですからね。私が初めてレコーディングしたのも、ミッキーさんのスタジオだったんです。15歳のときだったんですけど、父の『SNYDER’S MARKET』(1998年リリース)というアルバムで父娘デュエットした曲があって、そのアレンジとピアノがミッキーさんだったので。今回、久しぶりにレコーディングしたときもーーそうか、20年経ったんですねーーすごく自然でした。この曲、キーを決めるのがすごく難しかったんですよ。レンジが広くないから、キーによって印象が変わってしまって。矢口監督にもスタジオに来てもらって、「どれがいいですか?」って話ながら決めたんですよね。ミッキーさんはすごく物腰が柔らかで、私がどうしたいかをすごく尊重してくれるんです。結局、ミュージシャンのキャスティングもレコーディングのディレクションも私がやらせてもらったんですけど、良い答えが出て来るまでたっぷり時間をくれて。スタジオも広かったし(笑)、すごくいいレコーディングでしたね。