『Surface Tension』リリースインタビュー

フランチェスコ・トリスターノ&デリック・メイが語る、天才同士の信頼関係が生んだ化学反応

 フランチェスコ・トリスターノの新作『Surface Tension』が素晴らしい。本作はデリック・メイが主宰するレーベル<トランスマット>からのリリースであり、デリックが4曲(日本盤ボーナス・トラックも含めると5曲)でゲストとして参加し、フランチェスコとコラボレーションを繰り広げていることで、すでに大きな話題になっている。

 デトロイト・テクノのオリジネイターのひとりデリックが、他アーティストへのゲスト参加とはいえ、オリジナル作品を制作・発表するのは19年ぶりのことだ。フランチェスコとデリックはこの10月に東京で行われた『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン・2016』で来日し、素晴らしいデュオ・ライブを披露した。その時、主に演奏されたのが本作の収録曲である。

 フランチェスコは1981年9月16日ルクセンブルク生まれ、現在はバルセロナを拠点にヨーロッパを中心に活躍するクラシックのピアニストだ。5歳でピアノのレッスンを始め、13歳で初ライブ、名門ジュリアード音楽院で学び、数々の著名指揮者やオーケストラとの共演を成功させている彼は、古典とコンテンポラリーを融合させた斬新な音楽性と鮮烈なプレイでクラシック、現代音楽の世界で高い評価を受けている。その一方でテクノ/エレクトロニカ、ダンス・ミュージックにも造詣が深く、2007年にはデリック・メイの「Strings of Life」やジェフ・ミルズの「The Bells」、オウテカの「Overand」などのテクノ名曲をピアノ・ソロでカバーした『Not for Piano』を発表。2010年にはデリック・メイと並ぶデトロイト・テクノの巨人カール・クレイグとのコラボレーション・アルバム『Idiosynkrasia』が大きな話題を呼んだ。ダンス・フロア向けの12インチ・シングルもコンスタントにリリース、DJミックス・アルバム『Body Language』の発表など、もはやその活動はクラシック・ピアニストの余技をはるかに超えた本格的なものとして、評価は揺るぎないものとなっていると言っていいだろう。

 そして今回のアルバムで、20年近く創作活動から離れていたデリックを音楽制作の現場に引っ張り出したことで、逆説的にフランチェスコの才能が証明された形になった。フランチェスコのジャンルを超えた天才的才能が、デリックのモチベーションに火をつけたのだ。

 インタビューは『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン・2016』の直前に行われた。ごく短時間の会話だったが冗談が絶えず、時に親子のように、時に兄弟のように、年の離れた友人同士として、深い信頼関係に結ばれているようだった。(小野島大)

 

「デリックはフィロソファーで、イノベーターだ」(フランチェスコ)

ーーそもそも今回デリックと一緒にやることになったきっかけは?

フランチェスコ:僕たちの友情は長いね……いつからか一緒につるむようになった。実際の共演は僕がオーケストラ・プロジェクトに参加した時が初めてだった(注:これは2015年6月にパリで行われたWeather Festivalで、デリック・メイとフランスのオーケストラ、コンセール・ラムルーが共演した時のことを指す。フランチェスコはピアニストとして参加)。明らかに良いヴァイヴだったよ。

ーーデリックがフランチェスコを知ったきっかけはなんだったんですか?

デリック:大分前にカール・クレイグを通して。カールは彼を何度かデトロイトに誘ってて、すごく評価してたね。「いい奴だ」って。それがきっかけ。彼らは一緒に少しツアーもしてたね。

ーーデリックはフランチェスコを音楽的な面では、どう評価されてますか?

デリック:もう、なんだ……彼はプロだよ! オーケストラの企画の前までは、僕は15年もキーボードを触ってなかったんだ! ライブをやり始めた当初はすごく不安だった。でもフランチェスコがそばにいて楽になったよ。自分でやることを恐れなくて良いという自信がついた。まだプレイが足りないからやりたいことは全部こなせてないけど、大分出来るようになったんだ。

ーーデリックはあるインタビューで「フランチェスコには自分にはない“ダイナミックさ”という才能がある」と言っていましたね。それは具体的にどういうことなんでしょうか。

デリック:その“ダイナミックさ”とは、クラシックの体系化された教育的な音楽分野ではなかなか見られない、クリエイティブな才能だ。彼はそういう大事なところをキープするために、すごい努力をしながらも、その微妙なラインを歩けるんだ。古典的で体系化されたミュージシャンには歩き始めることもできないようなところを歩いてる。こんなことができるクラシックのミュージシャン、何人知ってる? しかも他の人の曲を演奏するだけじゃなく、自分の曲も、しかもすごくダイナミックにうまく作れるんだぜ? そんな奴ほかにいるか?

ーーフランチェスコはデリックの代表曲「Strings of Life」をカバーして知られるようになったんだけど、最初にそのカバーを聞いた時にどう思いました?

デリック:クールだと思ったよ! 彼は知ってるよ……僕が最高だと思ったことをね。嬉しいよ……いつも嬉しいよ……あの曲が出来たのは30年も前のことだ。でもまだ人は興味を持ってくれてる。その時、彼はまだ5歳だった。驚くべきことだ。あのレコードには何か重要なこと、興味深さ、若いヤツが人前で演奏したくなる情熱と希望を生み出す何かがあるんだね。

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ーーフランチェスコはデリックにもちろんすごく影響を受けてると思いますが、どういうところが素晴らしいと思いますか?

フランチェスコ:影響というより、インスピレーションという言葉の方が好きだね。影響だと何かの後をついていくみたいだし。インスパイアされて、突然の感動で何かをやらずにはいられなくなる。彼(デリック)は”フィロソファー”(哲学者)で、“イノベーター”(革新者)だ。最初のインスピレーションはただ彼と会話しながら、車でデトロイトを走り回った時だよ……ただ話してて……音楽の歴史とか……音楽業界とか……女性のこととか……いろいろね……。

デリック:運転して……デトロイトの街を眺めてね。

フランチェスコ:デトロイトの歴史のレッスンなら、デリックより適した人はいないんじゃないか? そこからのインスピレーションは永遠だよ。だから 『Surface Tension』は僕からモーターシティーへの最も直接的なオマージュなんだ。それで新たなものを生み出すため“イノベーター”がその作品に参加してくれて……しかもまったく気取ることなく、ただ音楽作りを楽しむためにね。過去は理解しつつも未来を見ながら。

デリック:すごくくつろいで楽な雰囲気でやったプロジェクトだよ。

ーー具体的な作業はどういう形で進んでいったんですか。

フランチェスコ:まぁ、「不思議の国のアリス」だね(笑)。デリックは僕のスタジオに来てアナログ・シンセのコレクションを見て、不思議の国に迷い込んだようだと言ったんだ(笑)。制作はシンセは全部録音できるようにつないで、メトロノームを走らせて。簡単なリズムトラックはあったけど、でも基本的にはゼロからシンセの音で始めた。1~2個ループを作って、長いテイクを録音して、あと作業はほぼそのロング・テイクのエディットだけ。ちょっとリズムのシーケンスを作ったり、オーディオ・プロセッシングもやったけど、できるだけシンセの生の音を使った。その理由は僕にとってデトロイト・テクノとはシンセのことだから。それがデリックが話してた「歴史」なんだよ。30年前に伝説になった機材を未だに使ってるからね。いわばこのアルバムには、デトロイトの歴史が詰まっているんだ。

デリック:実は俺たちはヤマハから結構サポートを受けてるんだよ……次の時代のマシーンのためにインプットを探してるようで……クールだと思うよ。彼らはデトロイトを見てる。で、それを進めるためにフランチェスコとの関係を使ってる……。

フランチェスコ:意外なのは、僕は最初ピアノ部門のアーティストとしてヤマハと仕事し始めたけど、今はシンセ部門ともやりとりしてるんだ。で、現在はいろんな方向で話が進んでて、デリックとかアンダーグラウンド・レジスタンスのジョン(・コリンズ)も昨夏はバルセロナにいて、ヤマハと色々話したんだ。新機材についてね。でも昔の機材がベースなので、デリックとかはすぐなじんだね。彼は僕のスタジオに入った瞬間、すぐヤマハ DX Refaceのところに行ったね……DX100のニュージェネレーションさ。

デリック:楽しかった。

フランチェスコ:うん、すごく楽しかった。

デリック:間違いない。

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