秦 基博楽曲の核心は“浮遊感”にあり? 初期〜最新曲までを分析してみた
今年でデビュー10周年を迎えるシンガー・ソングライター秦 基博が、10月19日に通算21枚目のシングル『70億のピース』をリリースした。『土曜ワイド劇場』(テレビ朝日系)の主題歌にも起用された表題曲は、アコギとウーリッツア、そしてハモンドオルガンの響きが混じり合う、シンプルで美しいミディアムバラード。歌詞は驚くほどシリアスで、<愛の歌が届かない 暗い闇もあるの><かたちの違う僕らは 近づくほど 傷つくけど><かたちの違う僕らは ひとつに今 なれなくても>などと綴っている。『シンクロ』でメジャーデビューを果たしてから10年、卓越したソングライティングで常に人々の琴線に触れ、人と人とをつないできた秦ですら、「時に『音楽の無力さ』を痛感したこともあった」と以前、インタビューで語ってくれたことがあった。そうした思いと向き合いながら、それでもなお「音楽の力」を信じようともがく姿が、多くの人の心を掴んで離さないのだろう。今回は、そんな秦の紡ぐメロディの魅力に迫ってみたい。
秦基博の音楽的な魅力といって、真っ先に思いつくのはやはり歌声だ。スモーキーで少ししゃがれた地声と、透き通るようなファルセットのコントラストは、しばしば「鋼と硝子でできた声」と称されている。そんな声の魅力を最大限に発揮しているのは、切ないメロディとヒネリの効いたコード進行、シンプルかつオーガニックなアレンジだ。コード進行は、唐突な転調などはほとんど用いず、基本的にはダイアトニックコードで構成されていて、そこに時おりサスフォー(sus4)やアドナイン(add9)、ディミニッシュ(dim)、ハーフディミニッシュ(m7-5)などが散りばめられたり、ドミナントマイナー(Vm)、サブドミナントマイナー(IVm)、セカンダリードミナントコード(III7やVI7など)で調性を崩したりすることで、メロディの印象をより際立たせている。
実際に曲を聴いてみよう。まずは、2007年にリリースされた2ndシングル表題曲「鱗」。プロデューサーに亀田誠治を迎えて制作された、秦の初期代表曲である。キーはF#で、Aメロが<F#sus4 /F# - F#add9 /F# - F#sus4 /F# - F#add9 /F# - G#m - B>。コードのトップノートが、<シ - ラ# - ソ# - ラ#>とスムーズに移動しており、これがサスフォー(シ)やアドナイン(ソ#)の響きになっている(このコード進行で思い出すのが、ジョン・レノンの「Woman」だ)。サビは、<F# - B - C# /Ddim - D#m - B - A#m - G#m - C#>の繰り返し。ディミニッシュコードを経過音に使っているが、メロディの最も高い音がここに来ているため、胸をぎゅっと締め付けられる。また、次のコード、D#mの所で歌う、<たとえどんな〜>のメロディがアドナインのノート(ファ)を強調していて、何ともいえない浮遊感を醸している。
次に、2010年にリリースされた9thシングル表題曲「アイ」。シングルはオリコンウィークリーチャートで初登場5位を記録し、2度目のトップ5入りとなった作品で、アレンジは松浦晃久が手がけている。キーはDで、Aメロは前半が<D - Gadd9 - Em7 /Asus4 ・A - D>、後半が<Bm7 - Gadd9 - Em7 /A#dim - Bm7>。メロディ自体は前半、後半でほとんど変わらず、コード進行を変化させて違う風景を見せている。Bメロは、<G#m7(-5) - GMaj7 - F#m7 - Bm7 - E - Esus4 /E - Em7 -A7sus4 - A7>。この曲の中で、最も美しいファルセットに不安定なコードG#m7(-5) を当てて切なさを強調。ちなみにEも、ダイアトニックから逸脱したコードだ。サビは、前半が<D - Gadd9 - Em7 /A#dim - Bm7/Am7 ・D7 - Gadd9 - F#m7 - Em7 - GmMaj7 /A7>。Am7がドミナントマイナーで、GmMaj7がサブドミナントマイナー。5小節目のGadd9、<ただの一秒が>のメロディの抑揚はまさに「秦節」と言うべきもの。8小節目、GmMaj7のメジャーセブンスの響きも気持ちいい。
2014年にリリースされた17thシングル表題曲「ひまわりの約束」は、映画『STAND BY ME ドラえもん』の主題歌にも起用され、秦基博といえば<切ない泣きのメロディ>というイメージを決定づけた曲だ。キーはB♭で、Bメロが<FonE♭ - Dm7 /Gm7 - Csus4 /C - Fsus4 /F>。1小節目、Fのコードに対してベースがマイナーセブンスのE♭を弾いているのがポイント。サビは、<B♭ /E♭add9 - F /F#dim - Gm - Fm /B♭7 - E♭Maj7 /Em7(-5) - F/ F#dim - Gm7 /Em7(-5) - Fsus4>。先に述べた、秦の楽曲の特徴であるサスフォー、アドナイン、ディミニッシュ、ハーフディミニッシュ、ドミナントマイナーが、この8小節の中に総動員されており、秦節全開となっている。