ニューアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』インタビュー【後編】

RHYMESTERが示す、プロテストとしての音楽表現 DJ JIN「美しくあろうという気持ちが大切」

 

 RHYMESTER、通算10枚目のアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』にまつわるインタビュー後編。前編【RHYMESTERが語る、日本語ラップが恵まれている理由 宇多丸「自らを問いなおす機会があることはありがたい」】では、本作のテーマである<美しく生きること>に込められた真意を探るとともに、日本語ラップシーンの現状や、昨今のSNS事情について思うことまで、幅広く話が及んだ。後編では、アルバム後半の楽曲についてひも解くとともに、より複雑になっていく昨今の社会情勢に対し、RHYMESTERは音楽家としてどう向き合っているのか、音楽ライターの磯部涼がさらに掘り下げた。(編集部)

「どうすれば有効なプロテストが出来るか葛藤があった」(宇多丸)

――ちょっと話が逸れましたが、アルバムに戻すと、続く10曲目の「The X-Day」から「Beautiful」、そして、「人間交差点」という流れがこの作品の要だと思いました。

Mummy-D:それはよく言われるね。

――よく言われるというのは、それだけ分かりやすく表現されているということだと思います。冒頭、アルバムをつくるにあたって行ったミーティングで、ヘイト・スピーチの問題を皮切りに、「人々がちょっとした価値観の違いを受け入れられなくなってきている」「そういうのは窮屈で嫌」という話になったとおっしゃっていました。「一方で、何が正しいかってことも言いにくい時代」だとも。「The X-Day」ではまさにそのようなモヤモヤが歌われていますよね。ただ、世界中で起こっているのは〝正義〟と〝正義〟がぶつかり合う〝どっちもどっち〟のいざこざだと主張しているとも取られかねない危うさがあるようにも感じました。

Mummy-D:うーん、ここはセンシティヴな問題だから言葉を選んでしまうんだけど……。

――ただ、「The X-Day」の歌詞が恣意的に切り取られてそれこそネットで出回ると、意図とは別の伝わり方をしかねないので、はっきりと説明しておいた方が良いと思います。

Mummy-D:オレたちは〝どっちもどっち〟だとは思ってないんだ。ただ、〝どっちも〟〝正義〟だって主張しているよね、っていう現実をそのまま歌ってる。

宇多丸:例えば、単に人種差別ならそれは「絶対にダメでしょ」とはっきり言えるけど、これが歴史問題、宗教問題になると、簡単には結論を出せない根の深さがあるわけで。

Mummy-D:そうそう。それで、「大人になったけど分かんねぇよ。子供に何て説明したらいいんだろう」みたいに悩んで。

――そこで、やっぱり、〝子供〟にどう伝えるかという話が出てくるわけですね。

Mummy-D:うん、やっぱり出てくるか。

宇多丸:例えば、筋の通った思考を突き詰めていくと、「宗教は妄執だ」って批判をしなきゃいけなくなってくるかもしれない。〝(空飛ぶ)スパゲッティ・モンスター教〟っていう、架空のバカバカしい宗教をきっちりつくって「信仰」してみせるジョークというか思考実験があるんだけど、あれみたいなこととか。ただ、そういう知的にひねった表現は、批評の対象が〝正しい〟と心から信じ込んでいるひとには伝わらないだろうとも思うし。

 だから、出発点としては、この国で大っぴらに人種差別が行われていることだとか、世界中で宗教が原因の戦争が起こっていることだとかにショックを受けて、どうやったらそういう状況にオレらなりの有効なプロテストが出来るんだろうっていう葛藤があった。それで、例えば「The X-Day」では、「差別とか戦争とかって何てくだらないんだろう」って、聴いているひとの肩の力が抜けるような表現を模索したんだよね。

――「グレイゾーン」(04年発表のアルバム『グレイゾーン』収録曲)のフック「危険だ! その錆び付いたシーソー 右も左も危なっかしいぞ」と同じことを歌っているとも言えるので、RHYMESTERとしては一貫しているなとも思いましたけど。

Mummy-D:まぁ、同じ人だからねぇ。最近、改めて、「あの頃、もう〝グレイゾーン〟だと思ってたのかぁ」ってびっくりしたもん。

――自分の先見の明に?

Mummy-D:うん(笑)。

宇多丸:何て意地悪な質問(笑)。

Mummy-D:というか、当時は日本でもヒップホップが盛り上がっていて、皆、迷いがなかったと思うんだけど、その中でこんなことを感じてたのかって。

――その波に乗っていけばいいのに、RHYMESTERとしては何故かモヤモヤしていた。

Mummy-D:うん、モヤモヤしていた。それが今の活動に繋がってくるとも思うんだけど。

宇多丸:『グレイゾーン』は、それこそ、9.11の記憶が生々しい時期につくっていて、当時は当時で世界的に不寛容感みたいなものが強くなっていたことも背景にはあったよね。

――だから、「The X-Day」「Beautiful」「人間交差点」は組曲というか、「The X-Day」だけ聴くと、「じゃあ、どうすればいいんだよ」って思うんですけど、「Beautiful」「人間交差点」で徐々に答えを提示していくという流れなのかなと。

Mummy-D:そうだね。ただ、答えって言っても明確なものではなくて。「このぐらいは言えるんじゃない?」程度の消極的な答えではあるんだけどね。

宇多丸:自分たちが〝正しい〟と思っているひとに、こちらが〝正しい〟と思っている言葉が通じないのだとしたら、皆がそれ全体を社会として、世界として受け入れるしかないんじゃないか、というか。そういう考え方が浸透すれば、自ずと差別や排外的な発想はできなくなっていくんじゃないか、という。

――それは、こちらが折れるということではなく、全てのひとが全てのひとを受け入れるという理想を語っているわけですよね。

宇多丸:もちろん、人種差別みたいな明白な社会悪が改善されていくべきなのは大前提としてね。これはもっと俯瞰の話。いろんな人がいて、いろんなことを考えていて。あんたらも、あんたらに文句を言ってるオレらも、その諍いを見て嫌だと思ってる人らも、全部を引っ括めて世界だっていう。

――あるいは、「Beautiful」で歌われているのは、今、至る所で〝正義〟=〝ヒーロー〟がぶつかり合っているわけだけれど、むしろ、その足下にいる市井の人々が自分たちの生活を見直すことによって世界は良い方へ向かっていくのではないかということですよね。重要なのは〝ヒーロー〟じゃなくて、〝パンピー〟っていうか。

Mummy-D:ははは!

宇多丸:そういう意味で、PUNPEEを起用っていう(笑)。そのこじつけ感は半端ない。

――パンピー同士による対話が、世界を救っていく。

Mummy-D:世界を救うとまでは行かなくても、まぁ、悪いことにはなんねぇだろうみたいなね。

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