新作『ゴマサバと夕顔と空芯菜』インタビュー

“ポップ求道者”HARCOがたどり着いた新境地とは?「川柳が20行ぐらい続くような歌詞が理想」

 

 97年に現在の名義で活動開始したHARCO。いち早くサンプリングを取り入れるなど実験的な部分を覗かせつつ、ポップスを軸とした楽曲を送り出してきたシンガーソングライターだ。個人曲を発表する一方で、「世界でいちばん頑張ってる君に」などCMソングやテーマソングの作曲・歌唱やナレーション、映画音楽やプロディース、他アーティストとのコラボレーションを行うなど、その活動は幅広い。ピアノやドラム、マリンバなど複数の楽器を演奏するマルチプレイヤーでもあり、レコーディングは自宅スタジオで行うという、ポップス職人的な活動形態をとっている。

 そんなHARCOが約5年ぶりに発表したアルバム『ゴマサバと夕顔と空心菜』は、堀込泰行や杉瀬陽子、あがた森魚らがゲスト参加。アコースティックギターの音色が心地よいポップソングからマリンバが印象的なインスト曲、ジャジーなピアノが響く楽曲までとバラエティ豊かな仕上がりで、新しくもどこか懐かしい“2015年のシティポップ”を打ち出した良作だ。

 6月からはNHK『みんなのうた』での楽曲放送が決定。6月3日には同曲を収録したアルバム『Portable Tunes 2 -for kids&family』の発売を控えており、リスナー層を拡大しそうだ。

 今回はそんなHARCOに、シティポップへの思いや新作の聞きどころをインタビュー。制作スタイルや楽曲の軸となっているもの、ファンタジーとリアルの間をとったような表現で綴られた歌詞へのこだわりなど、自身の音楽についてたっぷり語ってもらった。

「日本のシティポップを自分なりに捉え直してみたかった」

――新作『ゴマサバと夕顔と空心菜』は、前作『Lamp&Stool』(2010年)から約5年ぶりとなるアルバムです。どんなことを意識して作りましたか。

HARCO:『Lamp&Stool』発売後は、GOING UNDER GROUNDのサポートキーボードや、『らくごえいが』など映画のサウンドトラック制作、プロデュース業などをしていました。5年ぶりと言っても、実際は自分のレーベルから、チャリティミニアルバムやサウンドトラックなどの企画盤を1年1枚のペースで制作していたのですが、レコードショップに並ぶメジャー流通形式でのリリースは本当に久しぶりですし、自分の書き下ろしのみというのは、やはり思い入れが違ってきますね。

 2007年以降の何作かは、どこか「もっとこうなりたいな」という向上心や憧れをベースに、何かを目指しながら作っていたんです。例えば『Lamp&Stool』(10年)はジャズとポップスのクロスオーバーを狙って少し大人っぽく仕上げたんですけど、今回はAORじゃなくてMORというか。MORは「ミドル・オブ・ロード」という場合もあれば、「モダン・オリエンテッド・ロック」と訳す人もいるみたいで、日本語にすると「道の真中をいく」「中庸」になります。意気込みすぎず、自分がもともと持っているものをみつめて、自然体で作りました。

――歌い方も、近作とは異なるように感じられました。コアレコードからリリースされた3部作『Ethology』(04年)『Night Hike』(05年)『Wish List』(06年)を彷彿とさせる、抑えぎみの歌唱です。

HARCO:僕はもともと自分の声や歌にコンプレックスがあったんです。鼻にかかっていて、あどけなさ100%みたいな感じで、歌も下手で……というところからスタートしたので。それで一時期、「もっと“歌手”っぽく歌ったほうがいいのかな」と思っていた時期があって。08年から10年あたり、アルバムだと『KI・CO・E・RU?』『tobiuo piano』『Lamp&Stool』までの三作なのですが、僕は性格が真面目だからそっちに振り切れて、大げさに言うと「歌のお兄さん」のように歌い上げる感じになってしまうことがあって。それを好きだと言ってくれる方もいますが、戸惑いの声もあり、僕もリスナーとして“喋るように歌う”シンガーが好きなので、今回に向けて少しずつ戻してみました。

――喋るように歌うシンガーというと、具体的には?

HARCO:僕のまったくの主観なんですが、元The Changのボーカルで、今はユニット・TICAや映画音楽の制作などで活躍されている石井マサユキさんとか、坂本慎太郎さん、高田漣さんとか。はっぴいえんどの大滝詠一さんの初期の声も好きですね。

――はっぴいえんどと言えば、今作は楽曲的にシティポップの雰囲気がありますね。

HARCO:そうですね。今作ではあえて「日本のシティポップを自分なりに捉え直してみたい」という思いがありました。はっぴいえんどやシュガーベイブ、ティン・パン・アレーが下地を作った日本独自のジャンルだと思うんですけど、根底のところにブラック・ミュージックの要素が隠れていておもしろい。今回のアルバムの表題作は、細野晴臣さんのトロピカル3部作(『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』)を意識して仕上げています。あと今回、自分でドラムを叩いたのですが、表題作や「つめたく冷して」のドラムは、リズムのところでティン・パン・アレーを意識していますね。

――HARCOさんはピアノ、ドラム、マリンバと様々な楽器を扱うマルチプレイヤーですが、影響を受けた人物はいますか?

HARCO:やっぱりトッド・ラングレンかな。自分で楽器を何でもやって、ジャンルも幅広くて、インストもやっていて、という。あと、僕は自分で歌う曲でも、人に歌ってもらうような作り方をするんです。メロディも「自分で歌うから、とりあえずざっくりで」じゃなくて「明日、自分が死んでしまっても、誰かが歌えるように」って(笑)。だからシンガーでありながら果敢に楽曲提供をしている人はいつも気にしていて。なかでもジミー・ウェッブは好きですね。サイモン&ガーファンクルのアート・ガーファンクルがジミー・ウェッブの曲ばかりを歌った『ウォーターマーク』というアルバムはとくにお気に入りです。

――『Lamp&Stool』から、自宅スタジオで収録されているとのことですが、メリットはありますか。

HARCO:2009年に今の家に移り住んで、そのときに施工してもらいました。宅録がメインなので、ずっと、いつか自宅スタジオがほしいと思っていたんです。最初の投資は大きいですが、音楽活動を続ける中で得るものも大きいと思います。レコーディングだけじゃなくて、リハーサルスタジオとしても役立ちます。どの時間帯でも、大声で歌ったりピアノを鳴らしたりしても怒られないし、一日中曲を作ることもできるから、スキルを上げるためにすごく良かったですね。自宅スタジオを作るミュージシャンはこの10年くらいでどんどん増えていて、僕は「アコースティックエンジニアリング」という業者にお願いしたんですけど、もう友人のミュージシャン3人に紹介しています。

 音作りの面では、バンド揃って「せーの」で録るわけではないから演奏が同時に重なるグルーヴ感は活かせないんですけど、そのぶん音を緻密に作り込めるというメリットがあります。一つ一つの楽器を重ねて、グルーヴを自分の好きなように操作できるというか。僕は編集をたくさんするので、それも楽しいですね。とくに5曲目のインストゥルメンタル「TIP KHAO」は1回壊して再構築しています。

 あとはドラム。スネアとハイハットと、ライドシンバルだけを置いていて、バスドラムはないんですけど、ペダルを踏むと音が再現される――という機材を使っていて、「トンッ」と踏んだだけで、スピーカーからはちゃんと「ドンッ」と音がするんです。それを使ってドラムの音を素材として録って、編集して重ねています。

――「TIP KHAO」は今作で唯一のインストゥルメンタルですが、制作面で歌のある楽曲と異なる点は?

HARCO:歌は言葉があるので「言葉の世界と真正面と向き合う時間」があるのですが、インストだとその時間が全くないぶん、音だけの世界にのめりこめますね。僕は歌声が柔らかいのでそういうイメージがないかもしれませんが、実はグルーヴやビートの際立っているものが大好きで、4つ打ちモノも普通に家で聴いていたりするんですよ。インストだと歌がないぶん、音に振りきって作れるというおもしろさがあります。

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