3rdアルバム『Blue Avenue』レビュー
花澤香菜は第2の松田聖子となるか? 栗原裕一郎が新作の背景と可能性を探る
かわいいとしかいいようのない声
僕はアニメとはほとんど無縁に過ごしてきてしまったもので、花澤香菜もまず歌手として知ったという変則的な出会い方をしている。その歌にしても、聴き始めたのは今年になってからという体たらくだ。声優としての代表的アニメも未見で、ようやく『化物語』を観始めたところである。
今年の頭に本サイトにmeg rockのライブレポを書いたのだけれど、そのとき自分がアニメおよびアニソンにあまりに無知であることを痛感して、とりあえず有名どころだけでも聴かなければと付け焼き刃をしていたところで引っ掛かったのが花澤香菜だった。(参考:ポップとロックを統べる、meg rockの甘く滑らかな声 O-Crestワンマンライブレポ)
最初は、ふーん、可愛い声ですねという程度の感想だったのだが、気付くとソロデビュー以降の音源をぜんぶ揃えて聴き耽っていた始末。キャラソンのほうは「恋愛サーキュレーション」だけは聴いたものの、その他は様子がまだよくわかっていない。
そんな具合に抜けのほうが多いのだけれど、歌い手としてどうかを考えるにはむしろ好都合といえなくもない。
花澤香菜の歌のどこにそれほど嵌まったのか。倍音成分が多くて柔らかいニュアンスから「天使の声」だとかよくいわれていて、声フェチとしてそれはもちろんまったく否定しないのですけれど(笑)、どうやらこれまで聴いたことのない種類の声だという意識が働いて繰り返し聴いてしまうようである。
1st『claire』発表時の「ナタリー」でのインタビューを読んだら、花澤の声の特徴を問われた北川が「どんな声かって聞かれると、かわいい声ですよねとしか言いようがない(笑)」(参考:ナタリー/花澤香菜インタビュー with 北川勝利)と答えていて笑ってしまったのだが、「やろうと思えばどんな声でも出ちゃうから」という前置きがついている。つまり、声のコントロール能力がキャラクターの調整に留まらず高いために、可愛いということくらいしかこれという特徴を抽出することができないということだ。
声優という本業を考えれば当たり前のようだが、このコントロール能力は、シミュレーション能力、再現能力でもある。たとえば「melody」(『claire』)を歌えば、作詞とボーカルディレクションをしたmeg rockの声遣いや歌唱の特徴を再現できてしまうし、「こきゅうとす」を歌えばやくしまるえつこの特徴を再現できてしまう。
仮歌そっくりになってしまうというのは声優の歌ではままある事態らしく、モノマネじゃん?と思うかもしれないけれど、ちょっと事情が違うように思うのだ。というのは、それでもなお、花澤香菜の個性を備えた歌として聞こえるからだ。
前出の当サイトのインタビューで北川は「歌い回しやフィーリングで「すごくいいね!」というものを掴んだ時に、その筋道を次からは毎回再現してるようになるんですよ。それは面白い機能だなと(笑)」と話しているのだが、これも同じ能力だろう。
この能力は果たして歌唱力なのかと考えると、どうも違うのではないか。他に思いつかないのであまりよい比喩ではないけれど、生身の超高性能ボーカロイドとでもいった性能に近いのではないか。
同じインタビューで北川は「前はどういう風にやるかをいろいろ試してこちらから言っていた感じですけれど、今は基本的に一緒に聴いて考えるか、自分で考えたり見つけたりするやり方が増えてきて」といっており、花澤も主体的に表現に関わる気持ちが芽生えてきたことを話している。
質のよくない比喩を続けて使えば、超高性能ボーカロイドに自我がインストールされつつあるということであり、歌手・花澤香菜の第二のスタートとして、この『Blue Avenue』は位置づけられることになるのかもしれない。