高橋芳朗が冗談伯爵とレコード談義
冗談伯爵が目指す“ソフト・ロック感覚”とは? 10枚のレコードとともに探る
新井「10年ぐらい前だと定番の曲ばかりかけているDJがいたら「うわ、あんなのかけてる!」みたいな感じだった」
04. Kenny Rankin『Silver Morning』(1974年)
前園:実はケニー・ランキンのレコードが見つからなかったのでマルコス・ヴァーリの『Garra』(1971年)を持ってきました。これもまた違うベクトルのソフト・ロック感というか……マルコス・ヴァーリは僕らのあいだですごく話に出るよね? 困ったらマルコス・ヴァーリを引っ張り出してくるみたいな。
――それはもうキャリアを通してですか?
前園:この人に限ってはキャリアを通して好きです。別にこのアルバムじゃなくてもいいし、どのアルバムにも思い入れがありますね。あまりにも2人でこのアルバムを聴くものだから、今回の選盤をしているときにマルコス・ヴァーリの名前が出なかったぐらい(笑)。今日出かける前に レコードを探していて、ウチらがよく話に出すのはマルコス・ヴァーリだったなって 改めて 思って。
――なるほど。でもケニー・ランキンもフォーキーでグルーヴィーで、わりと冗談伯爵にジャストなイメージでした。
前園:ケニー・ランキンってもうちょっとプレイヤー寄りというか、ギター一本持っていけば世界中どこでも通用するような音楽じゃないですか。でもソングライティングやアレンジも含めて、マルコス・ヴァーリのほうがレコードになった状態で比べたときにはよりウチらに要素として近いのかなって。
新井:ケニー・ランキンは歌声もキレイだしギターもうまいし、憧れの存在という感じかもしれないですね。
――でもケニー・ランキンのボーカルの優しさは前園さんと重なるところがあると思いますよ。特に好きな歌い手を挙げるとしたら誰になりますか?
前園:それはうれしいですね。ただ、その “声“ が聴きたくてレコードをかけるような人はいないかもしれないです。ジェイムス・テイラーとかもいいけど、どちらかというと声だけじゃなくて全体としていいものだから。でも、聴いてすぐわかる声をもっている 人はいいですよね。そのへん自分はまだまだだと思いますが。
――『Silver Morning』というと「Haven't We Met」や「In The Name of Love」のようなワルツの曲が思い浮かびますが、そのあたりは「幽霊のバラード」に反映されているのかなって思ったり。
前園:正解です(笑)。もともとはスローなテンポのワルツでデモを作っていたんですけど、新井くんにはケニー・ランキンのような軽快なテンポのワルツにしたいって伝えて。で、途中ワルツから4拍子にチェンジする構成に挑戦したいと。まあ、改めてレコードを聴くようなことはしませんでしたけどね。
05. The Foundations“In The Bad Bad Old Days (Before You Loved Me)”(1969年)
新井:これはよくDJでかけてる曲なんですけど、「いつかどこかで」を作るときにイメージとしてこの曲があったんです。
――確かにノーザン・ソウルっぽいとは思っていました。
前園:新井くんはやっぱりノーザン・ソウルのイメージがあるな。
新井:そうですね、ノーザン・ソウルがすごく好きだったので。それでこの「In The Bad Bad Old Days」のテンポ感とか参考にして。
前園:ちょっと太い感じとかね。僕がもともと「いつかどこかで」を作るときに抱いていたイメージはトーケンズの「It's a Happening World」(1967年)とか、もうちょっとライトで爽やかな感じだったんですね。あのトーケンズの感じに「In The Bad Bad Old Days」を足してちょっとビートを効かせたのが「いつかどこかで」になるのかなって。
――ファウンデーションズはちょっとフォー・トップスっぽいズンズン突き進むような曲のイメージが強いんですけど、「いつかどこかで」はそれにサンシャイン・ポップ的な明るい魅力が加わったというか。
前園:そのへんがアメリカのトーケンズ的なエッセンスということなんでしょうね。「いつかどこかで」はSmooth Aceという素晴らしいコーラス・グループが入ったことによって完成したものだし、さっきの「幽霊のバラード」なんかにしても子供たちが参加してくれたことで成立したところはありますね。前からやりたかったことなので、それが実現できた達成感みたいなものはありました。
――ファウンデーションズというとトニー・マコウレイ&ジョン・マクロード作品を歌ってきたグループですね。
新井:結構好きなソングライター・チームですね。このあとで出てくる日本の赤い鳥もトニー・マコウレイの曲を歌っていましたけど(1970年リリース『Fly With The Red Birds』収録の「The Last Trace of Loving Has Gone」)。
前園:僕も好きですね。ベタなものがわりと好きなんだよね、本当は。
新井:ベタだね。結局DJでかけてたものをレコードで持ってることが多いので。
前園:もう年々わかるよね、ベタが受けるんだって。で、ベタを中途半端にやると最悪な結果になるという……それは最近思いますね。
――定番に対する愛着がより深くなってきたということですかね。
新井:それこそ10年ぐらい前だと定番の曲ばかりかけているDJがいたら「うわ、あんなのかけてる!」みたいな感じだったんですけど(笑)。
前園:ですよね。ブラジルのレア盤祭りみたいなイベント、よくありましたもんね。
新井:逆に今はそういうのがなくなって。
前園:うん、すごくフラットになりましたね。ただ、僕らが行くイベントとかだとフラットというか、もはや過激にベタを求めてるところがあって、それはそれで面白いですけどね。だって僕らがDJやるときに持っていくレコードって、今こんな感じですよ(と、持参したレコードから何枚か取り出す)。井上陽水の「リバーサイドホテル」(1982年)、ヴァン・マッコイの「The Hustle」(1975年)、ビートルズの「Taxman」(1966年)、クリス・モンテスの「There Will Never Be Another You」(1966年)……みんなどこかで絶対聴いたことがあるような曲ですよ。例えば冗談伯爵でいますぐ「リバーサイドホテル」をカヴァーしようみたいなことにはならないですけど(笑)、そういうことをDJでやってるということは今後確実に何かしらのフィードバックがあるのではないかと……別に茶化しているわけではないんですけど、面白がってる ようなところもちょっとあるんですよね。
06. Roy Meriwether Trio“Cow Cow Boogaloo”(1969年)
前園:これもたまたまこのレコードだった、ということなんですけどね。ソウル・ジャズのわかりやすい骨太なグルーヴ感というか、そういうリズムの作り方は本当に新井くん上手なんですよ。
新井:このレコードなんかは10年ぐらい前には毎回DJバッグに入っていて。まあ、今も入ってるんですけどね(笑)。
――こういうセレクションでソウル・ジャズの7インチがピンポイントで出てくるあたりがかっこいいですよね。
新井:この曲はドラムも走ってるしピアノもすごくシンプルで、しかもトリオ編成だし……もともと1930年代の曲がモチーフになっているんですけど、それをこういう風にできるんだっていうアレンジのすごさに憧れる感じですね。
前園:編成が小さくてしかもパワフルだとけっこう燃えるよね。今回の「LED」は新井くんが中心になってリズム組んでホーンまでやってくれたんです。僕はうしろでコーヒーを淹れたりお弁当を買いに行ったりしてたんですけど(笑)。「LED」はギターとか入れてないんですよ、鍵盤とベースとドラムなんだよね。
新井:あとはブラス・セクションですね。
前園:それと色付けでフルートが入ってるぐらいか。新井くんはいつもトラック数が少ないんですけど、それでいてあれだけのことをやってくれるから素晴らしいなって。さっきのベタ感にもつながる話なんですけど、無駄なものを自然に排除できるんですよね。新井 ただ単に面倒くさかったり思いつかなかっただけかもっていう(笑)。
――この流れで、それぞれの楽曲のモチーフになっているレコードを記憶されている限りで構わないので教えていただけますか?
前園:まず「bird man」は、11年頃に、僕がアヴァランチーズっぽいと思った新井くんのデモがあって……すごくラフなものだったんですけど、サンプリング主体の8曲ぐらいのデモだったのかな? その聴かせてもらったデモのなかに「bird man」の原型があって、 結果的に2人で最初に作った曲が「bird man」になったんですよ。
新井:これに関しては完璧に僕だけが作っていた曲で、そのとき聴いていたのはアメリカとかキャロル・キングとかアルゾとか。
前園:やっていくうちにソウル感が出てきた感じだよね。アイズレー・ブラザーズとか、ソウルとはいえないんですけどバッキンガムスとか、アレンジの味付けとして いろいろピックアップしてきたんだっけ? カップリング曲の「雨あがり」に関しては、僕の昔の曲のストックです。これは完全にアレンジの方向性の手本になっている曲があって、インナー・ダイアログの「little children」という地味なソフト・ロックなんですよ。それで、そのアレンジで「雨あがり」をやりたいって具体的に言ったんですよね。それをまた僕がコーヒーを淹れているうちに新井くんがうまいこと仕上げてくれて(笑)。
――「渚」は。もういきなりヴィンテージ感ありますよね。
前園:「渚」も僕が持っていたストックですね。もう弾き語りで10年以上前からライブでやっていたりしたんですけど、これはライブの時のギター演奏の感じに、他の楽器のアレンジを重ねていきました。
新井:「渚」は何を聴きながら作った、みたいなのはあんまりなかったような。
前園:何度もライブでやっていたので曲の全体像が完成されていたっていうのはありますね。イメージとしてはハーパース・ビザール的なバーバンク感というか。曲でいうと「Me, Japanese Boy」(1968年)みたいなモヤってる感じをやりたいなって。
――僕ははっぴいえんどを連想しました。
新井:後半のベースラインとかドラムの感じははっぴいえんどがイメージとしてあったかもしれない。
前園:僕の中では、さっきのこれなんだよね(と、ゲイリー・マクファーランド『Butterscotch Rum』を取り出す)。で、ちなみに実は初めて聴いた15年くらい前から、これがはっぴいえんどのサード・アルバム(『Happy End』)の質感と通じてるんだよね。
新井:ゲイリー・マクファーランドはジャズの人だから、ドラムのセットがジャズのセットだったりするんですよ。そういうのは確かにイメージしていましたね。他の曲もそうなんですけど、ドラムはだいたいジャズのセットだったりします。あと、昔の歌謡曲ってけっこうヴァイブが入っていたじゃないですか。「渚」はそのへんも意識しましたね。
前園:平岡精二感ね(笑)。