市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第5回

“オリジナルの歌声”には誰も勝てない 元ジャーニーのS・ペリーがMLB球場を熱狂させたワケ

 ところがこのDSB、いかにも米国らしいお気楽なまでの前向きさの塊なだけに、実は《米国人が最も愛する歌》に堂々選ばれた過去を持つ。まあ、日本における“愛は勝つ”とか“負けないで”みたいなものか。わはは。それだけに、対戦相手であるロイヤルズも今シーズン途中より、本拠地カウフマン・スタジアムの6回裏にこの楽曲を流すようになっていたのであった。

 そもそもは今年5月に球場で開催された、6回に流す楽曲を選ぶ投票イヴェント《Play It Forward Contest for Six Inning Song》が発端だ。提示される候補曲2曲のうち投票数が多かった曲が勝ち残り、トーナメント方式でまた別の勝ち残った曲と対戦していくシステム——アメリカなんだけど昭和の匂い漂う企画だ。

 さて我らがDSBは、1回戦vsガース・ブルックス“フレンズ・イン・ロウ・プレイシズ”→2回戦vsジョン・フォガティの名ベースボール・ソング“センターフィールド”→3回戦vsヴァン・モリスン“ブラウン・アイド・ガール”→準決勝はvsボン・ジョヴィ“リヴィン・オン・ア・プレイヤー”→そして決勝ではなんとクイーンの“ウィー・ウィル・ロック・ユー”まで、とにかく名だたる強豪たちを次々と退け、見事優勝したからなのである。

 ちなみにこのトーナメントでは、プレスリーの“バーニング・ラヴ”も、ブルース・スプリングスティーンの“明日なき暴走”も、アバの“ダンシング・クイーン”でさえも、いち敗者にすぎなかった。うわ。

 そして6月初旬からDSBが流れ始めると、ロイヤルズは20年ぶりの10連勝したばかりかシーズン終盤まで快進撃。さらにはワイルドカードで進出したポストシーズンを新記録の8連勝で勝ち抜き、1985年以来3度目のリーグ優勝を果たしてしまったのだ。1996年以降で最下位9回、しかも3年連続で100敗以上した弱小球団がワールドシリーズに出場できたのだから、ジャーニー様様だろう。

 そんなロイヤルズとそんなジャイアンツが雌雄を決する戦場で、DSBがどちらのアンセム・ソングとして流れるのか、そりゃ気になる。はたして迎えたWS第1戦@カウフマン・スタジアム——ロイヤルズの本拠地で6回流れた楽曲は、なぜかキッスの名曲“ロックンロール・オールナイト”であった。軽いぞ能天気だぞ。

 結局、ジャーニーの出身地であるサンフランシスコのジャイアンツにロイヤルズが譲ったわけだ。そして大人の対応で自ら勝運を手放したロイヤルズは、DSBが大合唱された第3・4・5戦@AT&Tパークで3連敗を喫し、ジャイアンツの優勝を見届ける羽目になったのである。

 しかしそんなロイヤルズの人の好さを、誰が責められよう。

 想い起こせば、ジャイアンツがワールドシリーズ進出を決めたナ・リーグのチャンピオンシップ・シリーズの最終戦@AT&Tパーク。試合中、DSBを大合唱する客席のファンたちが次々と、いつものように大型スクリーンに映し出される。そして口パクで熱唱する、ジャイアンツの帽子とウインドブレーカー姿の黒い長髪に童顔の中年がアップで捉えられた瞬間、スタジアムは阿鼻叫喚のベストヒットUSA状態と化した。本物のジャーニーのヴォーカリスト、スティーヴ・ペリーその人が口パクしているのだから、そりゃ大変だ。しかも上手だよ。当たり前か。

 そもそもペリーは1998年にバンドを脱退しており、現在のジャーニーでは別のヴォーカリストが唄っている。サンフランシスコ市民にしてみれば、口パクであろうともスティーヴ・ペリーが唄う(真似をする)DSBこそが、正真正銘ジャーニーの“ドント・ストップ・ビリーヴィン”に他ならない。いや、全米的にそうなのだろう。YOU TUBEにアップされたこの応援口パク動画は、瞬く間に再生されまくったのだから。

 うん、やっぱそういうものなのねポップ・ミュージックってさあ。

ヒット曲のアイコンはヴォーカル

 結局、画期的に素晴らしい楽曲を書こうが超絶テクで楽器を演奏しようが、ヒット曲の唯一無二のアイコンはヴォーカル。もっと言えば、誰もオリジナルの声には勝てないのである。悔しいけれども。

 だから、バンドの再結成にオリジナル・ヴォーカリストは絶対外せないし、逝ったはずのマイケル・ジャクソンとフレディ・マーキュリーがいまごろ「新曲」をリリースしても、赦されてしまうのだった。

 ここらへんの不条理に対する愚痴、もう一度書きます。わはは。

■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

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