北川昌弘が「アイドル40年史」を語る(前編)
「AKB48は、もはやアイドルじゃない!」古き良き"歌謡曲アイドル"はこうして絶滅した
――著書の中で、70年代のアイドルにはどこか暗い影があり、それがテレビを通して魅力に変わっていったと書かれています。
北川:映画と違い、テレビというものは家にあって、スイッチを入れれば基本的に無料で観れるもの。映画スターであれば、お金を払って観に行くのだから、吉永小百合さんのように高嶺の花タイプでなければいけませんが、アイドルの場合は、疑似恋愛の対象にできる親近感も大切です。そして親近感は、あまりにも魅力的で恵まれた環境にある女性よりも、多少大変な思いをしている女性のほうに沸きやすいものだと思います。こういっては語弊もあるのですが、アイドルは幸福過ぎないほうが良いかとも思います。反感を買ってしまう可能性もあるので。たとえば、山口百恵さんは複雑な家庭環境で育ったことをある程度公開したことが、成功の一要素になりました。そういう女性は、応援してあげたくなるんですよね。
――ところで、テレビ時代のアイドルは、グループじゃなくて個人が多かったと記されています。なぜでしょう。
北川:テレビは一人の人の魅力を拡大する装置なんだと思います。少なくとも90年代半ばまでのテレビには、一人の人を一瞬で全国に売り込む力がありました。CMに出して、ドラマに出て、歌謡曲をやってという感じで、視聴者にその人のいろんな側面を見せて、強烈に印象付けることができました。85年の中山美穂さん以降、個人を売るというか、その人の総合的な魅力を売る構造ができたのだと思います。おニャン子クラブなどは大所帯ですが、あれは例外で、帯で長時間の枠を取れていることが成功の要因だったのでしょう。でも、普通はそういう風に枠を取ることができない。だとすれば、その後の宮沢りえさんや広末涼子さんのように、個人をプッシュするのがテレビ的なんだと思います。基本的に、グループで人数が多すぎるのは、みんな同じに見えて覚えられませんから。
――北川さんが定義するような、テレビでの活躍を中心としたアイドルは今後、成立していきますか?
北川:現在は、アイドル業界の変化期なんだと思いますが、流れる方向は見えているんじゃないですかね。テレビは『あまちゃん』みたいに多少は巻き返すかもしれないけど、元には戻らないでしょう。もちろん、テレビを中心にやるアイドル的なひとというものは、音楽以外では基本的に継続すると思うので、アイドル自体が消滅してなくなるという話はないと思います。
ただ、これは歌謡曲アイドルに限らないのですが、今やグラビアアイドルもイベントをフル稼働していて、女優も舞台を盛んにやっていて、"会いに行ける"という構造はどんどん増えています。だから、テレビの中でしか会えませんという従来的なアイドルは特殊になっていくのでしょう。イベントとかライブとか舞台とかを披露して、ソーシャルメディアを駆使して、その中で少し脚光を浴びた時はテレビにも出ますよ、というのが基本的なスタンスになるのではないでしょうか。
ファンとの距離が近くなるのは良いことでもあるのですが、下手をすれば勘違いするひとも出てきて当然だし、さらにいえば本当に交際するひとも出てくるのでは、と思いますね。そうすると、さらにエスカレートして、ファンとの交際を容認するようなグループだって出てくるかもしれない。そうすると、キャバクラとなにが違うんだって話になってしまうけど(笑)。
この状況を否定しても意味はないと思うのですが、もはやアイドルとは別の存在だと。あくまでもテレビでの活躍を中心にしているのが、僕の中での"アイドル"なんです。
(取材・文=編集部)
中編に続く